元鉄鋼マンのつぶやき#17 電解箔をどうする その1
電解銅箔の分野で大きなシェアを持つN電解の業績が冴えません。赤字決算と無配が続き、株価も低迷しています。今年の同社の決算報告では経営を立て直す道筋が示されましたが、それについて監査法人から”Going Concern”という注記が加えられました。これは、同社が上場を維持するには特段の努力が必要というくらいの意味で、監査人としてはこの会社の継続に責任を持てないということになります。
N電解は、スマホなどの電子機器の回路基板に用いる銅箔製造と、EV用バッテリーの電極に使われる銅箔製造の2本を経営の柱としています。どちらも業界では高いシェアを持ち、技術力も高いと評価される同社ですが、何がいけないのか?
スマホはひと頃ほど売れていません。EVも一時期のブームは下火になり、需要が減退傾向です。でも問題はそれだけではありません。どちらも中国製の安価製品が世界市場を席捲し、西側諸国のメーカーは厳しい価格競争にさらされているというのが大きな問題です。
もともと、電気自動車とは高価な存在です。安価な内燃機関車に置き換わって市場に入り込んでいくには、猛烈なコスト低減の努力を求められます。特にコストの多くを占めるバッテリーについてはそうです。
そもそも、トヨタなどの自動車メーカー各社は、下請けや部品メーカーに対して毎年コストダウンの要求をします。しかし毎年価格を下げていくなんて無理な話で、早かれ遅かれ限界が来ます。しかし、よくしたもので、対象の車種がモデルチェンジする時には、価格の仕切り直しがなされ、部品メーカーや下請けはそこで一息つけます。そして次のモデルチェンジまで、また情け無用のコスト低減要請が続くのです。
だから自動車メーカーと取引きするということは、安定した大口の発注を得られる代わりに、カンバン方式に代表される厳格な納期管理と納入責任、ppmオーダーでの不良発生率管理、そしてあくなき原価低減の努力を永久に求められることになります。
ただでさえそうなのに、BEV、PHEV、そしてHVの世界では、価格破壊とも言うべき中国製自動車と市場で闘わなければなりません。中国はレアアース資源に恵まれ、安価に素材を調達できるうえ、EV推進と輸出奨励という国策に則って、自動車産業は国の補助を受けています。そして生産能力過剰で生じた、作りすぎの自動車を、世界中でさばかねばならず、死に物狂いで安値攻勢を仕掛けてきます。
この中国製品に対抗するには、とにかく安くバッテリーを製造するしかありません。N電解がいかに高い技術を持っていても、安価に製造できなければ無意味です。そして対抗上採算を度外視した価格で販売すれば、営業収支も経常収支も赤字になります。
既に生産設備ができあがった素材産業の場合、経営者にできることは限られています。仮に全部原価で赤字であっても、限界利益がでているならば、とにかく増産して売りまくることです。増産で製造原価中の固定費を薄めていくのです。作らないより作る方がましだからです。その一方で固定費の削減を図れば黒字化できます。
一方、限界利益すらでていないのなら、即刻生産を中止すべきです。作るだけ赤字が増える訳で、言わば「製品にお札を貼り付けて出荷する状態」は止めるしかありません。慈善事業をしている訳ではないのですから。しかしそれでは事業が成り立ちません。経営者は顧客に出向き、事業継続が可能な価格に改定するよう交渉することになります。 畢竟、経営者の仕事など、客先に訴えて値上げを実現させることと、コストダウンを進めることの2つだけでと言ってもいいでしょう。しかし、EV用バッテリーのメーカーに値上げを要請するのは、前述の理由から至難と言えます。
N電解の場合、北米でのEV用バッテリーの需要が増加すると見込み、米国に新工場を建設する計画を立てましたが、銀行団などの理解を得られず、頓挫しました。これは仕方ないことです。円安が進み、当初200億円程度とみられた建設コストは、おそらく300億円程度になったと推測されます。米国ではインフレの進行で電気代も上がっており、人件費も高騰しています。地域差があるので一概に言えませんが、新工場で新しく正社員を雇うなら一人当たり年間3000万円はかかるかも知れません。赤字続きの親会社の日本人従業員がそれを聞いてどう思うか?難しいところです。さらに言えば、重要かつ高価な部品であるチタン製ドラムは恐らく、日本から運ぶことになるでしょう。
また、米国はインフレ抑制法という奇妙な名前の法律のもと、米国内で製造されたEVを税制面で優遇する施策をとっていますが、日本産や日本で加工した重要鉱物を用いる場合も、優遇措置を受ける対象になる可能性があります。
そうなると、米国に新工場を建設する意味は薄くなります。米国での拠点としてはすでに工場が一つあり、新設の必要はありません。日本で銅箔を製造し、フレートと税品を払って米国の需要家に届ける方が合理的です。銀行団が、新工場に融資しないのはある意味当然です。
そういう訳で、N電解の米国新工場建設による経営再建・・は頓挫しましたが、ではそれに代わる経営再建策はどうなのか?という点に、ステークホルダー達は注目します。
経営者は、予定が狂った時の次善策(最近の言葉で言えばプランB)を常に用意し、人々が不安にならないよう努める必要があります。
米国新工場の計画が頓挫した後は、既存の工場できめ細かいコスト削減を進めるしか打つ手は無い・・というのでは、まずいです。N電解はインドの同業他社に余剰設備の売却と、技術指導を請け負うという覚書を交わしました。
窮余の一策というべきですが、問題は多くあります。経営が苦しくなると、お金に換えられるものは何でも売ろうとする経営者がいます。かつて某製鉄会社も製鉄エンジニアリング部門が、虎の子の製鉄技術を海外の同業他社に売りまくりました。その技術を開発するのに要したコストと比較するとかなり安い金額で売った訳ですが、これはライバル会社に塩を送る利敵行為です。でも「当社が売らなくても、どうせ他社が売るから、少しでもお金を回収したい」という経営判断でした。何を隠そう、筆者もそのお先棒を担ぎました。しかし結局、製鉄会社の経営は悪化し、業界再編を促す結果となった次第です。N電解が他社に技術を有償で提供する・・というのは、本当に得策なのか? 現金欲しさの苦し紛れなのか?
筆者は、N電解の経営者は改めて、新しいブルーオーシャンを求めて活動すべきではないか?と思います。
では偉そうに評論家のように語る筆者には何かアイデアがあるのか?と言われそうです。それについては次号で申し上げます。
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久世寿(Que sais-je)
茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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