磁石同志の会として磁石をこよなく愛する方々のみが集まるNS会が今年も盛夏の8月23日(土)に「聖地」日暮里(アートホテル日暮里ラングウッド)にて開催された。通算では15回目。NS会とはネオジムのN、サマリウムのS、という意味もあります、とNS会世話人の一人である東英工業の有泉さんが話していたが、飲んで、騒ぐ、のNS会ですね、と懇親会でユニークにスピーチした明治大学小原先生のご指摘も納得、というほどに和気藹々の会は45名の参加者で盛り上がった。
今回もNS会世話人の5名、希土類一筋50数年の小西 功さん(元・三徳)、福田 方勝さん(元・三菱製鋼)、有泉 豊徳さん(東英工業)、 諏訪 建一郎さん(TDK)、井上 宣幸さん(イノウエ磁研)が尽力した。進行係は、長年進行係を務めてきた元・日立金属の徳永さんから引き継いだ福田さん。
開会に先立って、NS会の発起人の一人であり7月に逝去された北陸先端科学技術大学院大学名誉教授の下田達也さんへ黙祷を捧げた。下田さんは諏訪精工舎(現在のセイコーエプソン)において希土類ボンド磁石の研究をされた。ご冥福をお祈りいたします。
開会のあいさつは東英工業の有泉豊徳さん。
「NS会は永久磁石のN極とS極が互いに吸引するように、人と人もつながるようにというようなコンセプトで発起人の方たちが立ち上げた会です。NS会のN、Sは磁石のN極、S極もありますけども、ネオジウム磁石のN、サマリウム磁石のSともいえます」と述べ、続いて、スライドを使用してレアアース資源の産出国についての話題を展開。
「ウクライナの資源埋蔵量は例のトランプさんの関税政策とウクライナとの取引のなかで注目されましたが、磁石の重要な原料であるテルビウム、ディスプロシウム、ネオジム、サマリウムもあります。
ネオジムの産出国は中国、ベトナム、マレーシア、ブラジル、カンボジア、ザンビアという順で、サマリウムは中国、ブラジル、ベトナム、ロシア、インドの順です。
今年の 2月に米国がウクライナに資源の要求をしており、その対価として、いろいろ支援しますというような話になっているそうです。これは今でも交渉が続いています。
ウクライナの鉱物資源のなかにレアアースはありますが、その地域が今、ロシアに占領されているエリアです。
大橋さんの講話
最初のNS講話は元・信越化学工業の大橋健さん。大橋さんは1978年に東北大学大学院理学研究科物理学専攻を修了され、1991年には「SmTiFe11系化合物の構造と磁性」に関する研究によって工学博士の学位を取得。
昨年 12月に信越化学を退社するまで希土類磁石の研究をしてきた。講話のタイトルは「サマリウム系磁石について」。(1) 2-17SmCo磁石の保磁力機構 (2) 新規1-12系磁石化合物の発掘と発見 (3) 新規磁石化合物の発掘 という三題噺を60分間にわたって話した。
「今日は2-17サマコバ(サマリウムコバルト)磁石の保磁力機構という、ちょっとマニアックな話をさせていただきます。それからもう一つは、私たちが見つけました1-12系磁石化合物について、また新規磁石化合物の発掘という話をさせていただきます。」
と述べられ、確かにマニアックな、筆者のような人間にとってはやや難しい話でもあったので以下、要約。
大橋さんによると、Cu含有のサマコバ磁石について、その保磁力機構についてはあまり深く研究されず現在に至っている。中国でも数多く論文は出されているが、十分ではない、という。
このあたりの研究を様々な角度で研究をしてきた経緯を話された。
また、サマコバの新しい能力を開発するうえで、やはり1983年の佐川さんのNdFeB磁石の成功に衝撃を受け、自分たちでもなにかインパクトのある発明はできないかとおおいに刺激を受けたという。
そのころの話として大橋さんは
「主要元素がネオジムと鉄であるという点でサマリウムとコバルトというレアメタルの組み合わせとは全く違うので、これは最初に新聞で記事を見た時に非常にびっくりしまして、時間的な経緯を追ってちょっとお話しますと、1983年の6月に私とか信越化学の武生にいた仲間は日刊工業新聞で当時の(佐川さんが所属されていた)住友特殊金属さんの発表を目にして非常に驚きました。
その年の秋に金属学会とかピッツバーグでの 3MConferenceで発表があって、中身は分かったのですが、論文としては次の年に JAP に出まして、秋口までには住友特殊金属さんもやられていた主要な状況がわかったんですが、ただもう少し遡りますと、1980年ぐらいから GMのクロート(Croat)さんたちがNdFeの二元系で等方性の磁石を作っていまして、保磁力が出るよと。
しかしこれはあくまで非平衡なものだから焼結磁石にもならないというので論文は見ていたのですが、その後同じ年に、海軍研究所のクーン(Koon)とダス(Das)たちがボロンを入れてやると保磁力が出ると。やはりあのアモルファスフォーマーのボロンを入れてあの組織を微細化したのだろうということで、以前から非平衡組織だっていう頭がずっとあったので、一応どうなのかなと思っていたのですが、これを焼結磁石にしてみようという気持ちは、その時は全く起きませんでした。
そういう状況下で佐川さんたちの発表があったので、磁石の開発屋としては非常に驚きました。それで、この後、6月の新聞発表では第3元素をXと書いてて特定されていなかったのですが、これはボロン(B)だろうということが容易に想像がつきました。
最初は急冷薄帯で検討を始めたのですが、これでは磁石にならないので、やはり焼結磁石ということで住友特殊金属さんの後追いを始めました。そうすると、やはり合金が非常に粉砕しにくいとか、粉砕した微粉が非常に酸化しやすいとか、三元系だと保磁力が低いとか、焼結体が錆びやすいというので、当然もう住友特殊金属さんではクリアしていた項目が多いと思うのですが、コバルトを少量入れるとこの辺が少し緩和されると。
錆びやすさに関してはニッケルメッキでコーティングしてやるとか、保磁力が低いのが、やはりジスプロシウムとかテルビウムを入れて補填する。だけど高磁化と保磁力が相反関係にあるので、どうしてもそこを何とかしたいというので、レアアースの酸化物を添加、特に重希土類を添加してみたりとかですね、合金を別々に作って混ぜて焼結するとかですね。最終的には粒界拡散に行き着きました。
住友特殊金属さんの後追いをしながら少しでも改善をしようというようなことをこの 83年以降、一生懸命やっておりまして。それをやりながら、三元系にあったということが探索する空間がいっぺんにパッと広がったわけです。そうすると別な新規三元化合物あってもいいのじゃないかと。いや、あるはずだと。これだけ広い空間が広がったんのだから、柳の下にドジョウはもう一匹いても然るべきだろうということで。」
その後、大橋さんはサマリウム系磁石の新規開発に邁進していく。
「非平衡系と言っても、結局はスパッタとか急冷薄帯とか蒸着っていうことになるんのですが、そういう論文は雑誌が出るたびに目を通してスクリーニングしておりました。
そういう中で85年ですね。ニューヨーク州立大学の先生たちが、Ti系というスパッタ膜の論文を発表されていて、なぜかTiをSmサイトに入れて考えていました。
当初は 87年のインターマグ(INTERMAG ’87, TOKYO)でSmFe11Tiをポスターで発表したのですが、あまり注目されなかったんのですけど、次の年にIEEE Trans. Magn.で論文で出しました。しかし、なかなか焼結がうまくいかない。
バナジウム系で第3元素をVにして、かなりいい位置にしてやれば焼結磁石にはなるのですが、飽和磁化が非常に下がってしまうことで、この辺を磁石にするにはもっと適切な液相成分を探索する必要があるだろうと思います。1,100℃前後まで焼結温度を下げられればもう少しマシな磁石になるだろうとは思うのですが、この辺は今もNIMSほかで検討はされていると思います。」
AIで発見する新規化合物
「結局のところ、NdFeBを超えるような磁石にはなり得ませんが、Sm系も、こういう歴史的な経緯も含めて、新規物質のよりポテンシャルのある磁石化合物を、AIによって発掘できるかというこういう話をさせていただきます。
2023年のグーグル、ディープマインドが発表した220万個の新しい結晶をAIによって見つけました。そのうち38万個は安定物質でした。人間の勘とかそういうもので見つける時代は終わったのかなというようなことを聞かれたのですが、何とも答えようがなかったのですが、未知の化合物をAIで見つけられるのかと。
そこに行く前に、結晶構造予測というものが、今非常に活発に研究されていて、原子の組成式が与えられた場合に原子がどういう結晶構造をとるかというのを予測するという問題です。
これは原子の位置が少し変われば極小値というか、本当に大規模的な最小値を探すというのは範囲がものすごく広大であるということと、それから結晶構造が似ていればいいというわけにはいかないので、厳密に位置が決まらないといけないということです。」
大橋さんはAIの機械学習を用いて新たな三元系の結晶構造を探索することを追求していく。
「ショットガンCSPという機械学習支援のCSP(Crystal Structure Prediction)の改良版があり、80原子レベルの複雑な結晶構造でも再現できるというようなことも言われている。
これは7月につくばで行われたREPM2025のワークショップでも検討されており、統計数理研究所のグループがこの二次元位値の結晶構造予測ができた、と聞きました。
結晶構造は既知で、組成も既知で、この結晶構造を再現できたということではなかろうかとは思うのですが、だんだんとこういう結晶構造予測というのが進んでいけば、本当に全く新しい次世代化合物を発掘できないわけではないかもしれない。きっとあまりそうなるとは思わないというのがあるのですけど。全く別なところからの進展が進んでいるということ。
ただ、個人的にはこういう時代が来るのはできるだけ後になってほしいと。あまり早くこういう時代が来てほしくないなと思うのですが。こういう時代が来て、人間の発見がいらなくなる時代が来ないでほしいというのが正直なところです。」
「最後に下田さんのお話を少しさせていただければと思います。下田さんは私とほぼ歳が同じで、下田さんもサマリウムコバルト系の磁石の話、それから鉄ボロン系異方性磁石の話とか、非常にユニークな発想で開発をしていた方で、私は下田さんを常々非常にすごい発想を持った人だと思って親しくお付き合いをさせていただいていたので、この7月にお亡くなりになったということは非常に残念に思っています。」
(IRUNIVERSE YUJI TANAMACHI)