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元鉄鋼マンのつぶやき#132 熊をどうする・・・そして中国の製鉄所

2025/10/06 12:41
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元鉄鋼マンのつぶやき#132 熊をどうする・・・そして中国の製鉄所

今から5年以上前の話ですが、東北大学理学部のキャンパスに熊が出没したことがあります。ご承知の方も多いでしょうが、東北大学の理科系の学部は、青葉山の山腹に展開します(他に、川内キャンパスや片平キャンパスもありますが)。新しくできる校舎ほど、山の上の方にできますが、中でも理学部物理学科の新しい校舎は一番上の辺鄙な場所にあります。その周辺に頻繁にツキノワグマが出没するらしく、目撃した学生や大学院生も多くいました。建物の中までは入らないようですが、これは大きな問題です。駆除すべきか否か、議論になりました。

 その頃、奇妙な噂が流れました。

「あの熊は、大学院で何年も留年して博士号取得を目指すも、学位請求論文が通らず、失意の内に大学を去った青年が、熊にメタモルフォス(最近の人は転生と言うそうですが)したもので、大変気の毒な存在である。だから駆除するのはかわいそうだ」

その噂を信じた訳ではないでしょうが、大学当局は「あの熊の習性を分析したところ、人間に害をなさないおとなしい熊と判明したので、駆除しない」と判断したとのことです。その後の熊の行方はようとして知れません。

 ひょっとして、その青年の指導教授だった先生が、後ろめたさを感じたというか、憐憫の情にかられて、熊の助命を嘆願したのかも知れません。・・まさかね。

 東北大学の熊だけではありません。強い情念を抱いた人物が猛獣に変じてしまうという逸話は他にもあります。有名な話は、中国の『人虎伝』で、これは中島敦の小説『山月記』として多くの人に読まれています。

 一方で、大学院生が学位取得に苦しみ、挙句に精神を病むという話も、よく聞きます。もっとも博士号といっても理科系の博士と文科系の博士ではかなり事情が違います。共通するのは、どちらもごく短期間で取得できる秀才もいれば、長い年月をかけてもなかなか研究がまとまらずに悩む人もいることです。

 もうひとつ共通するのは、今の日本ではパーマネントな研究者のポストが限られ、多くの大学院生が就職の不安を抱えていることです。学位を取ったからといって、それで終わりではないのです。ツキノワグマの噂話は、若き学究達が持つ切実な悩みに触れる話だったので、誰も笑えなかったはずです。

 しかし、この東北大学の熊の話はかなり前の話です。昨今は日本中で熊が出没しています。北海道や東北地方、関東地方に中部地方、場所も数も各段に増えています。

「学位論文が通らない大学院生がそんなに増えたのかなぁ?」

いえいえ、そんなはずはありません。マスコミは「今年はブナの実が不作で、飢えた熊が人里に降りてこざるを得なかった」とか「ヒトを恐れない熊が出現した」とかそれぞれに説明していますが、どうも信憑性を欠きます。熊の目撃例や熊の被害は毎年増加していますが、ブナの実が毎年不作なはずはありません。人間が熊のテリトリーに侵入して接触の機会が増えた・・として、原因が人間側にあるように語る人もいますが、最近の熊は市街地に出没し民家に押し入っています。

単純に考えて、熊の個体数が増えたから、人と遭遇する機会も増え、事故も増えたのだと解釈するのが自然です。

正直に熊の個体数が増加したのだ・・と発表すればいいのですが、それをしません。熊の個体数が増加したためと発表すれば、個体数を管理するために駆除しようという議論になりますが、情緒的に熊の駆除に反対する人達を何とかする必要があります。そして熊を駆除するには猟友会の協力が必要になりますが、猟友会は猟師の減少と高齢化で往年の実力がありません。それに加え、北海道の公安委員会と猟友会の軋轢のように、当局と猟友会の関係はギクシャクしています。だから熊を駆除して個体数を減らそう・・とは言いだしにくいのですが、愚かなことです。

熊による犠牲者・被害は今も出続けている『今ここにある危機』であり、もう少し時間を稼げば熊は冬眠の季節に入り、問題は沈静化する・・・とたかをくくっている場合ではありません。

ではどうして熊は増えたのか? 専門家でない筆者には本当のところは分かりません。北海道のヒグマと本州のツキノワグマが同時に増えたのなら、奇妙なことですが、共通の理由を探す必要があります。

日本の食物連鎖の頂点にいる熊の数が有意に増えたのなら、食べ物とする動植物が増えたか、気候が温暖化して厳冬期に淘汰された個体が減少したか、個体数に影響を与える疾病が克服されたか・・のどれかでしょう。

筆者は2番目の気候の温暖化を考えます。その結果、食物が増えて栄養失調で死ぬ個体や凍死する個体が減り、生殖可能年齢まで生き残る個体が増えたのではないか?と推理します。温暖化によって、動物が最も淘汰される厳冬期の期間は短くなり、そして気温は上昇しています。つまり原因はブナなどの不作ではなく、逆に豊かになったから個体数が増え、人里まで下りてくるのではないか? 筆者は専門家諸氏とは逆の仮説を考えるのです。

では増えた個体はどうするか? かわいそうですが駆除するしかないでしょう。日本ではシカやイノシシは駆除されて個体数がコントロールされ、ジビエとして食卓に上っています。でも熊の場合は狂暴ですから、仕留める方も命がけです。簡単ではありません。

理想を言えば、罠にかけて、檻に入った熊を麻酔銃で眠らせ、不妊処置を施して、山奥に放つという方法もあります。これは野良猫を捕獲して不妊処置をした後、地域猫として保護する方法(サクラネコ)に似ています。

野生動物の殺処分はなんとか避けたいし、一方で個体数は管理したい(或いは減らしたい)という場合の苦肉の策ですが、簡単ではありません。

大型の猛獣に麻酔銃を撃って眠らせると言いますが、少しでも誤ると人命に関わる事故が起きます。カナダのハドソン湾沿岸では、市街地へのシロクマ出没を防ぐために、罠にかかったシロクマを遠隔地に運んで放すという活動をしていますが、果たして成果はでているのか?やや疑問です。

実は管理してこなかったために、個体が増えすぎ、手に負えなくなった・・というのは、熊だけではありません。はなはだ牽強付会ですが、中国の鉄鋼業がそうです。

中国はかつて計画経済の国でした。それが改革開放政策の元、自由化を進めた結果、経済は大発展しましたが、統制がとれなくなり、製造業では作り過ぎの問題が顕在化しました。しかし、共産主義には過剰在庫という概念はないようです。生産物は全て消費され、人民の生活を豊かにするということでしょうか?

あまつさえ、デフレーションという概念も理解されていないようです。習近平国家主席にデフレの懸念を説明したところ「品物が安価に買えるようになるなら、それは人民にとってよいことではないか?」との返事があったとのこと。

中国では、大躍進の頃に、土法高炉を農家の庭先に設置して鉄鋼の大増産を目指したことがあります。これは勿論失敗しましたが、その後近代的な高炉一貫製鉄所が新日鉄(当時)の協力で、上海宝山区に完成すると、その近代的な製鉄技術は全国に広まり、小型高炉から大型高炉、大型電炉というあらゆる手段で鉄鋼が生産されました。

大躍進の時は、その鉄鋼を用いて台湾に撃ち込む砲弾を作ろうというはなはだ物騒なスローガンで鉄鋼生産を急いだのですが、改革開放経済の元ではその鉄鋼を何に用いるのか明確でないまま増産を急ぎました。

「何に使うか?目的は何か? そんなの没関係だよ。鉄鋼の生産は中国人民のエトスだよ」と、言われると何も言えません。

中国の粗鋼生産は、世界シェアの過半を超え、巨大な存在になりました。鉄鉱石と石炭の買い付けに於いても、もはや中国が主導権を持っています。肝心の鉄鋼製品の用途ですが、中国の経済成長が著しかった頃は、ある意味没問題でした。社会インフラの整備、自動車生産、造船で、相当量を国内消費していたからです。

 もっとも、それらの製品(船、自動車等)も過剰生産となり、世界にダンピング輸出して問題となっていますが・・・。

 その中国に対しては、新日鉄(当時)などが、随分前から過剰生産を止め、世界の鉄鋼各社と協調した生産を行うよう促していました。しかし、中国は聞く耳を持ちませんでした。

中国が聞く耳を持たなかったのは、過剰生産・過剰在庫による値崩れやダンピング輸出といった問題を理解しなかったからではありません。経済が中央政府と地方政府の二重構造になっていたからです。中国の鉄鋼メーカーには、国営企業以外に民間企業があり、それらはそれぞれその省に根付いた地元の企業です。莫大な富と雇用を創出しています。

もし、中央政府が減産の方針を打ち出し、効率の悪い旧式あるいは小規模な事業所の生産を止めろと言いだしたら「どうして我々の省の製鉄所が犠牲にならなければならないのか?」と猛反発を受けることは必定です。

小さくても製鉄会社は地元では大企業であり、そこに勤めることは「鉄腕飯」を食べることになります。つまり食いっぱぐれが無いということです。その製鉄所を閉じるとなると、これは社会不安の元になります。

それに加えて、中国の各省はGDPの増大を互いに競っており、他省に負ける訳にはいきません。地方政府のトップとしては、いい成績をあげて中央政府の幹部に出世したい訳ですから、自分の省が、事業の整理統合の犠牲になるのはごめんです。

日本の熊と同じように、増えすぎて問題がでたので数を減らしたい・・と思っても抵抗がものすごくて、容易ではないというのが中国の製鉄所です。

しかし、その中国でも、景気の減速が明らかとなり、鉄鋼の減産をせざるを得なくなっています。住宅建設や公共インフラの整備は往時の勢いを失っていますし、EVに力点を置いた中国の自動車産業も踊り場にさしかかっています。

そこでとうとう中央政府が鉄鋼減産の大号令をかけました。

中国、鉄鋼生産能力を厳しく抑制へ 過剰生産対策で(ロイター) - Yahoo!ニュース

中国、鉄鋼生産能力の増強禁止-低迷する需要の促進図る - Bloomberg

 しかし、これが中央政府の思惑通りにいくかどうかは不明です。「上に政策あれば下に対策あり」の国です。賄賂を渡してお目こぼししてもらい、結局はこの政策も骨抜きになるのではないでしょうか?

 日本製鉄は、圧倒的な存在感を持つ中国鉄鋼業に対抗する手段を考えています。USスチールの巨額買収もその一環ではないか?と考えられます。その作戦がうまくいくかは、数年以内に判明するでしょう。

ここで話を熊に戻します。

 ところで、熊が増えているのは、日本だけではありませんでした。実は中国でも増えているのです。

中国でヒグマの生息環境広がる 人への「襲撃」問題も 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

 これはどういうことでしょうか? さては中国でも悩める大学院生が増えているのかな? 確かに中国では大学や大学院への進学率が非常に高く、一方で就職先が無く、若者が苦しんでいるという話を聞きます。彼らも熊になったのか?

 冗談はともかく、中国では、人里に現れた熊は容赦なく駆除されます。熊がかわいそうだ・・という意見があるかは不明です。ああ、でも少しはあるようです。

涙をこらえて熊を駆除した猟師は、こう言ったそうです。

「かわいそうに、お前も白黒模様の熊(パンダ=大熊猫)に生まれてくれば、駆除されずに大切に扱われただろうに。今度生まれてくる時は、灰色熊ではなく、白黒模様に生まれてくるのだぞ」

 筆者も知床のヒグマや秋田県のツキノワグマに同じことを言いたい気持ちです。

 

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久世寿(Que sais-je)

茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。

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