ATR社の前CEOステファノボルトリ氏は、2022年にCO2排出量をゼロにする航空機のコンセプト ATR EVOを発表しました。それだけなら燃料をSAF(つまり使用済みの天ぷら油やユーグレナのバイオ燃料)にするだけで対応できますが、プロペラを8枚にするなど、燃費の改善にも努めています。
市場投入は2030年との発表でしたが、最初からこの発表には「?」が付きます。
これまでATR社はエンジンメーカーであるプラット&ホイットニー社(正確にはプラット&ホイットニーカナダ)のエンジンを採用し、二人三脚のように新型機を開発してきました。大手のエンジンメーカー各社がターボファンエンジンの開発に傾くなか、プラット&ホイットニー社はPW121からPW127MさらにPW127XT-Mまで、辛抱強くATR社の要望に応えてターボプロップエンジン開発を進めてきました。余談ですがエンブラエル社がターボプロップ機の開発を断念したのは、適当なエンジンが見つからなかったからとされています。エンジンサプライヤーはパートナーとして非常に重要です。
それなのにEVOの開発発表では、プラット&ホイットニーのコメントがありません。SAFにするだけでもエンジンメーカーにとっては、大改造です。プロペラの8枚化もプロペラメーカーの協力が重要です。既に実用化している8枚プロペラはグラマンE2-Dですが、そのエンジンはアリソン、プロペラはハミルトンで、ATR社にプロペラを供給しているサフラン社とは別です。ボルトリ氏の発表時点で、ティア1のサプライヤー達はどこまでATR EVOの発表について知っていたのか疑問です。
果たして、EVOプロジェクトはどうなるのか?と考えていたら、インターネット上にATR社はハイブリッド飛行機を目指すという記事が登場しました。
ATR to Launch World’s First Hybrid-Electric Regional Aircraft by 2030 – Aviation News:
プロジェクト名はHERACLES projectで、プログラム名は, DEMETRA programです。航空機にハイブリットシステムを導入するという画期的なプログラムはDEMETRAだったのです。
どうでもいいことですが、普通DEMETRA Programと言えば、途上国で婦人の地位向上や農業の近代化を目指すプログラムのことです。もっと言えば、酸性度を数値で示す測定器名がDEMETRAです。なにゆえ、この名前を用いたのかは不明です。
ATR to fly first hybrid-electric regional aircraft by 2030
Clean Aviation Selects ATR to Lead the Future of Low-Emission Regional Flight | ATR
ATR chosen for EU programme to test hybrid electric propulsion
こちらでもプログラム名はDEMETRAです。日本語の記事も散見されます。
航空機メーカーATR、2030年までにハイブリッド電動リージョナル機を目指す | 公共交通の技術情報集約プラットフォーム
ATRの次世代機「EVO」の開発始まる | Avian Wing
特にAvian Wing誌は「EVO」こそがハイブリッド機能を持つと報道しています。うーむ、これは興味深いことです。
エアバス社はかつて電動飛行機E-FANを実験的に製作し純粋な電動飛行機は時期尚早との結論を出しています。ネックはバッテリーです。E-FANでは韓国製のリチウムポリマー電池を主翼内に搭載しましたが、重量当たりのエネルギー量は化石燃料のタンクより一桁以上小さく、長距離の飛行には全く耐えられないものでした。少なくとも電池重量が半分以下にならなければ、短距離用途であっても電動飛行機は無理との結論です。
誰もが思うことですが、普通、飛行機は飛行するに従って燃料消費によって軽くなります。そして着陸時は最大着陸重量を下回る重量になり、安全に着陸できます。しかし、通常のバッテリーは放電してもデッドウェイトとして残ります。着陸時は離陸時と同じ重量なのです。この問題を解消するには、燃料が減っていく燃料電池を使うか内燃機関と組み合わせたハイブリッドシステムにするしかありません。ハイブリッド化は、ATR社がいやエアバスが温めていたアイデアに違いありません。
モーターの方は、何とかなりそうです。小型機用の小出力モーターですが、シーメンス社のSP260D型モーターは5.2kw/kg(インバーター込み)の小型大出力モーターを作っていますしMAGicALL社は、エアバスのチルトローター機用に5.5kw/kg(130NM)のモーターを作っています。
そこで問題になるのは内燃機関と発電機、バッテリー、モーターをつないで制御するシステムです。自動車の世界では、シリーズ方式、パラレル方式、パラレルシリーズ方式の3種類があり、それぞれに制御システムも進化しています。しかし、航空機ではそう簡単ではありません。
内燃機関の効率化で限界を感じ、電動化も無理だから、それじゃあハイブリッドという安直な発想では失敗するでしょう。自動車の真似はできません。
自動車のハイブリッドシステムは原則的にオットーサイクル(レシプロエンジン)で発電し、モーターはインバーターを使ってVVVF制御する方式です。例外的にマツダのMX-30はロータリーエンジンを発電に用いるシリーズ型ですが、まあピストンエンジンとの違いはありません。しかし、ターボプロップエンジンとなると制御システムも応答性も全く異なります。シリーズ型ならともかく、パラレル型は無理でしょう。それになにより航空機では回生ブレーキによる発電と充電ができません。期待したほどの燃費低減は難しいのではないでしょうか?
厳密に言えば、航空機もダイブする時には減速します。そこで可変ピッチプロペラのピッチ角をリバースにしてブレーキをかけ、発電するという方法も考えられます。普通はこれを着陸後に滑走路上で行いますが、空中で行えばフライトスポイラーの代わりになります。しかし、言わば逆噴射と言うべき動作を空中で行うパイロットは西側世界にはいないでしょう。(東側のエアラインにはタッチダウン前に逆噴射するパイロットがいるそうです。日本でも昔、JALの機長でひとりだけ着陸前に逆噴射した人がいました。DC-8では車輪が接地する前に逆噴射できたのです)。ピッチ角をリバースにしなくてもラムエアタービンを用いれば発電できますが、得られるのはスズメの涙の電力です。
ターボプロップエンジンを利用したハイブリッドエンジンは難しいと言いましたが、プラット&ホイットニーカナダは、ATR社のハイブリッド機開発に協力するようです。
News for Airlines, Airports and the Aviation Industry | CAPA
プラット&ホイットニーカナダは、前述の通りATR社と二人三脚の関係で、ターボプロップ機を支えてきました。しかし、親会社のプラット&ホイットニーは、ギヤードターボファンエンジンの開発に経営資源を集中させており、本当はターボプロップエンジンのハイブリッド化に力を注ぐ余裕はないのではないか?と筆者は考えます。
ハイブリッドの場合も電動飛行機の場合と同様、バッテリー重量が問題となります。そして自動車の場合と同様、EVとハイブリッドでは、バッテリーに要求される性能・仕様が異なります。
どのようなバッテリーをどのように使うかは、ハイブリッドシステムによって異なります。航空機の飛行パターンをもとに、シミュレーションを繰り返して判断することになります。本音を言えば、なるべくバッテリーを小型化したいところですが、小さすぎてはハイブリッド化による省エネ効果が薄れます。飛行機が最大出力を出すのは離陸とその後の上昇時とされています。その間だけエンジンをアシストするパラレル方式またはパラレルシリーズ方式のハイブリッド方式が適当だと思われます。
例えば、現在のATR機に搭載されているエンジンは2400ps(=1765kw)のパワーがあります。これをパラレルシリーズ方式のハイブリッドにすれば、エンジンの大きさを3/4くらいにできるかも知れません。その結果、かなりの低燃費化が実現できます。具体的な数値はシミュレーションしなければ、分かりませんが・・・。しかし、パラレル方式はハイブリッド車の先駆者であるトヨタの牙城であり、特許もノウハウもトヨタグループが押さえています。トヨタグループと組まずに高度なハイブリッド化は難しいと、筆者は考えます。
もともと、エンジンの制御システムとしてFADECがあり、高い信頼性を確保していますが、現代の主流はターボファンエンジン用のシステムです。ターボプロップでエンジンとプロペラを取り持つシステムとしては、エンジンメーカーのロールスロイス社がプロペラメーカーのダウティ社と組んで開発したAE2100Aなどが有名です。
ATR社が音頭をとって、プラット&ホイットニーカナダ社とプロペラメーカーのハミルトンと組んで、新たにハイブリッド用のFADECを作ることは可能でしょうが、2030年までにできるか?は不明です。
以上、さまざまな問題点はありますが、ターボプロップをベースとしてハイブリッドの航空機を作るATR EVOの計画は画期的で素晴らしく、筆者は大賛成で応援したい気持ちでいっぱいです。しかし、どんなに画期的な飛行機でも世間に需要がないならそれまでです。
過去にも、素晴らしい機体なのに、売れなくて失敗作とされた飛行機は多くあります。そこで、次号では日本市場を念頭に置いたATR EVOのマーケティングについて、外野席から無責任に考えてみたいと思います。
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久世寿(Que sais-je)
茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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