今もそうですが、1980年代も自動車産業のグローバル化が叫ばれました。主たる理由は2つです。それまで完成車を欧米に輸出していたのに、米国での貿易摩擦が激化し、現地生産に切り替えざるを得なかったこと。もう一つは将来、大市場になることが予想され、かつ人件費が安い国に組み立て工場を設けるというものです。前者は北米が中心で、後者はタイなどの東南アジアや中国が対象でした。しかし、マツダの場合は違いました。経営危機の後、一時期フォードの傘下に入っていたのですが、フォードと合弁でAAI(Auto Alliance International) を設立し、組み立て工場をミシガン州フラットロックに建設しました。
もともと、マツダ単独の組み立て工場(MMUSA)だったのですが、1992年にフォードが加わり、AAIとしたのです。米国のビッグスリーと日本の自動車会社が組んだと言う点では、GMとトヨタの合弁だったNUMMIに似ていますが、AAIの問題はミシガン州だったことです。
デトロイトをはじめミシガン州は、米国自動車産業の中心地で、泣く子も黙る全米自動車労組(UAW)のお膝元です。トヨタも日産もホンダも、UAWの影響を受けないようにミシガン州を外して工場を建設したのですが、マツダはミシガン州に建設してしまいました。日米の合弁会社にはよくあることですが、それぞれが自社に有利なように経営を誘導しようとして、決裂することがあります。
カリフォルニアのNUMMIは経営再建中のGMが脱退して、その後トヨタも手を引き、今はテスラのEV工場になっています。ミシガンのAAIはマツダが手を引き、フォード単独となり同社のEV工場になりました。NUMMIもAAIも、最後はEV組み立て工場になったというのが、ちょっと面白いです。
マツダがフォード傘下にあった時代、確かに経営危機は脱しましたが、抜本的な経営改善が見られたとは思えません。
今、マツダが資本提携を組むのはトヨタです。マツダ単独では難しい北米進出をトヨタと共同で行い、アラバマ州に合弁の工場を持っています。2017年に資本提携をした時のマツダの社長は丸本君、トヨタ側の社長は豊田章男君でした。二人はほぼ同時期に同じ大学を卒業しており、多分、平山教授の歴史や笹野教授の文学の授業を受けていたはずです。二人に対して君付けとは失礼じゃないか? いえいえ、二人の卒業した大学では福沢諭吉のみが先生と呼ばれ、門下生は全て君付けで呼んでいいというのが安政年間以来の伝統だそうです。
無論、同じ学校の同窓生というだけでマツダとトヨタの資本提携が実現した訳ではありません。そんなに甘い世界ではありません。豊田章男という人物は実に不思議な経営者です。業界のガリバーで、経営も順風満帆、我が世の春を謳歌している時も、常に危機感の塊です。常に自社にはない物を尊び、これを求め、自社にはいない人物を尊敬し師としてきました。軽自動車の世界を大きく切り開き、インドの自動車産業を育て上げたスズキの鈴木修氏を師と仰ぎ、自社にないものを持つマツダにも一目を置いていました。豊田章男氏がマツダのロードスターを運転した時「どうしてうちはこんな(運転が面白い)車を作れないんだ?」と嘆いたそうです。その昔、トヨタに就職した筆者の先輩が「RX-7なんて東洋工業が作るべき車じゃない」と言っていたのを思い出します。
マツダがトヨタと組んだ理由は複数あります。単独では難しい海外展開をするにあたって、トヨタと組んだ方がいいというのは勿論、理由の一つです。もうひとつは出遅れているハイブリッド技術、BEVの技術は、トヨタから受け入れるしかないという判断でしょう。
一方、トヨタから見れば、ロータリーエンジンの技術や、ライトウェイトスポーツカーを量産して採算に乗せるノウハウが魅力です。
現在、マツダは8C型のロータリーエンジンを発電専用に用いるシリーズ型PHEVを販売しています。これは日産のe-powerと同じで、ハイブリッドシステムとしては比較的に簡単なものであり、燃費改善効果も限定的です。トヨタのようなストロングハイブリッドが望ましいのですが、これを実現するにはトヨタの技術が不可欠です。マツダ単独でこれを今から開発するのは合理的ではありません。
マツダファンとしてはロータリーエンジンを使ったパラレル方式のハイブリッド自動車に期待するのですが、これは難しそうです。前報でも触れましたがロータリーエンジンは定速・定回転で運転することで本来の性能を発揮します。だから発電専用のシリーズ方式には向いているのですが、パラレル方式(ストロングハイブリッド)には向かないのです。この問題を解決できるかは、マツダとトヨタの共同研究にかかっています。まして、BEVの開発となると、マツダ単独では難しいでしょう。トヨタが全固体電池を搭載したBEVを売り出すなら、それをOEMで受け取って販売するのが現実的でしょう。
発電専用に8C型ロータリーエンジンを積んだPHEVのMX-30を物足りないと思う人はいるでしょうが、現時点ではそれが限界かも知れません。第60回機械振興賞の「機械振興協会会長賞」を受賞したのも、その辺りの難しさを評価したうえでしょう。
マツダとトヨタの提携を考えると、マツダ側にはロータリーエンジン以外であまり売り物がありません。このままでは巨大企業トヨタに呑み込まれるかも知れません。少なくとも技術の独自性というかイニシアチブは発揮しにくくなっていくでしょう。
ここで話題を転換します。
1980年代、自動車用メッキ鋼板には大別して2つのグループがありました。一つは電気メッキ鋼板のグループで、もう一つはドブ漬けと称した溶融亜鉛メッキ鋼板のグループです。
もともとはポルシェが始めた防錆保証(10年間は腐食による穴開きが発生しない)が始まりです。これはトタンと同じドブ漬け亜鉛メッキでGIと称するものです。
ご承知の通り、寒冷地では冬季に凍結防止剤を散布しますが、これが車体の下部を腐食させます。高級車の代表であるポルシェはその対策をいち早く打ち出したのです。
GIでは目付量を増やせば、防錆効果は長引きますから長期間の保証は可能ですが、一方でプレス加工性が悪く、塗装性も悪くなります。メッキの剥離も問題になります。
日本の自動車メーカーは、ドブ漬けメッキ後に合金化炉を通して亜鉛の原子と鉄の原子を相互に拡散させ、合金層を作ることで密着性を改善したGA鋼板を開発します。このグループにはトヨタやホンダがありました。
もう一つのグループは電気メッキ鋼板です。EGと称するこの鋼板のグループには、日産やマツダがありました。単純な亜鉛ではなく、鼻薬としてニッケルなどを混ぜた各社独自のメッキ鋼板を開発していました。電気メッキ鋼板は、密着性に優れるなどの特長がありますが、電気代もかかりますし、目付量をあまり大きくできません。
溶融亜鉛メッキ、電気メッキ、それぞれに特長があるのですが、両者の本質的な違いは何か?と尋ねると、赤錆か白錆か?という奇妙な答えがありました。赤錆はメッキが剥離した箇所で鉄が腐食して発生する錆で、白錆は犠牲防食で酸化した亜鉛の酸化物です。GAでは赤錆が問題となり、EGでは白錆を懸念したのです。
自動車会社には、各社それぞれの思想があり、メッキの種類を選ぶ訳ですが、納入する製鉄所の方はたまったものではありません。両方のメッキラインを用意しなければなりません。住友金属鹿島製鉄所(当時)の場合、住友グループとも言えるマツダは重要顧客ですし、最大の顧客であるトヨタも重要です。溶融メッキラインと電気メッキラインをそれぞれ持つ必要がありました。
(マツダは以前の経営危機の際、住友銀行(当時)が救済に入り、材料納入も住友グループから優先的に行っていたのです)。
しかも表面処理はそれだけにとどまりません。電気メッキの場合は、その前に連続焼鈍炉を通す必要があります。連続焼鈍は、新日鉄(当時)などが開発した日本固有の技術で、自動車用ハイテンの製造に不可欠な技術です。連続焼鈍では、例えば、プレス工程段階では軟らかく、焼き付け塗装後に硬くなるBH鋼板という不思議な鋼板も製造可能です。溶融亜鉛メッキの場合は、ラインの中に簡易的な連続焼鈍機能を持つGA炉があるので、独立した連続焼鈍ラインは不要でした。しかし電気メッキ鋼板では独立した連続焼鈍ラインが必要でした。
1980年代、バブル景気の中、自動車メーカー各社は、様々な鋼板を採用しました。例えばトヨタが要求したFZ鋼板というのは、溶融亜鉛メッキであるGA鋼板の上にさらに薄く鉄を電気メッキ(鉄フラッシュ)するという凝った鋼板で、これは表面が鉄の方が塗装性がよいからという理由ですが、鉄に亜鉛をメッキしたのに、さらにその上に鉄をメッキするとはいかなること?と思ったのを覚えています。時代はバブルで、複雑なプロセスも高コストも許されたのです。しかし、製鉄会社はそれに振り回される訳でたまったものではありません。
ちなみにバブル景気が弾けると、FZ鋼板は姿を消したようです。
1990年代、自動車メーカー各社は他社との差別化や燃費向上のための軽量化で、どんどんハイテン化を進めていました。同時にテーラードブランクやハイドロフォーミングなどの新しい技術が登場すれば、それに適した鋼材を要求してきました。当時「お客様は神様です」という言葉が流行り、製鉄所から見れば神様である自動車メーカーの要求は絶対だったのです。
さらにクロメート処理に含まれる六価クロムの有害性が指摘されると、クロメート処理に代わる処理技術を開発して持って来いという要求が、各社から届きました。自動車メーカーも他社との差別化に必死ですが、製鉄会社も他社との差別化に必死ですから、コストと人手をかけて懸命に開発します。
しかし・・・、2000年にカルロスゴーンが日産の経営者になり、強烈なコストカットと同時にサプライヤーの絞り込みを行い、その結果、住友金属は日産という顧客を失いました。法外かつ理不尽な値引き要求を断り、決然と交渉の席を立って、営業担当の専務は日産から帰って来たのですが、鹿島の電気メッキラインの操業度は下がりました。日産との交渉が決裂した時の専務の雰囲気は、何だか国際連盟を脱退した時の松岡洋祐のようでした(古いですね)。
電気メッキラインは、自動車用はマツダだけになりました。他に家電用の電気メッキ鋼板がありましたが量的には少ないものでした。
そしてついに、マツダも溶融亜鉛メッキつまりGAに乗り換えたのです。「衆寡敵せず」というか、既に日本の自動車業界はGAが主流で、EGは少数派になっていました。他社とは違う道を模索し、独自性を残すことで生き残りをはかってきたマツダもついに多数派に移ったのです。
さて鹿島製鉄所は2ラインもあった電気メッキ設備をどうするのかな?家電用途だけではとても、電気メッキラインを埋めることはできません。筆者は既に製鉄所を離れており、詳しい情報が入らなかったのですが、仄聞するところでは、2つの薄板工場の内、電気メッキラインがあった第一薄板工場は操業停止(有姿廃却)し、バブルの産物であった最新鋭の第二薄板工場も、操業を縮小していく見込みとのことです。もともと上工程の熱延工場が老朽化しており、鹿島の薄板生産には問題があったのですが、やはり鹿島製鉄所(現鹿島地区)は、縮小撤退の方向のようです。多分、生産の多くは君津製鉄所(現君津地区)に移管するのでしょう。
少し残念な気持ちがあります。
「マツダはもうEGにもどらないのかなぁ・・」と考えます。素人の予測で正確なところは分かりませんが、更なる超ハイテン化を進めたり、衝撃エネルギー吸収鋼板を究めるには、連続焼鈍技術が鍵になります。それならEGで連続焼鈍を行う方が合理的です。
既に流れは溶融亜鉛メッキに向かっていますが、何時か風向きはEGに変わるかも・・という気がします。その時、先鞭をつけるのはマツダではないか?と思うのですが、トヨタに呑み込まれてしまえば、それも無理かな?と思います。
次報では、ディーゼルエンジンや、将来の話について、筆者の勝手な思いを申し述べます。
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久世寿(Que sais-je)茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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