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元鉄鋼マンのつぶやき#155 高炉と電炉 もう一つの風景

2026/02/09 09:42
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元鉄鋼マンのつぶやき#155 高炉と電炉 もう一つの風景

かなり旧聞になり、申し訳ないのですが、USスチールがイリノイ州グラナイトシティにある製鉄所の高炉を復活させるそうです。同社からの公式発表は下記のURLにあります。

U. S. Steel to Restart Granite City’s Blast Furnace B to Support Customer Demand - www.ussteel.com

 

またBoB Tita氏が寄稿したWall Street Journal紙の記事は下記のURLです。こちらの方が内容を理解できます。

US Steel to restart blast furnace at plant Trump pushed to preserve

 

米国内の鋼材需要の増大に伴い、鋼材の納期が長くなり、価格も上昇したので、2基ある高炉の内1基を稼働させるというものです。スポットの鋼材価格は、熱延鋼板でトン当たり893ドルと93ドルも上昇したとのこと。まあ、本当に鋼材需要が復活したというより、輸入鋼材を締め出した結果でもあるのですが・・。

 

具体的には、停止していた高炉2基の内1基を稼働させ、その為に400人を新規雇用するとのことです。400人は高炉関係者だけでしょうが、製鉄所全体が稼働すれば、より多くの雇用が発生するはずです。御同慶の至りです。もともとグラナイトシティ製鉄所の年間粗鋼生産能力は300万トンですが、それが何トンくらいまで回復するのかは不明です。また、グラナイトシティ製鉄所からとは限りませんが、粗鋼生産能力に余裕ができるUSスチールは、ライバルであるアルセロール・ミッタルのアラバマ州のカルバート製鉄所にスラブを75万トン供給するとのことです。詳細は、BoB.Tita氏の記事をご覧ください。

 

グラナイトシティの高炉は停止してから2年経ち、勿論内張りの耐火物一式は全部張り替えになります。これは日鉄によるUSスチールへの投資があるからできることなのでしょうが、なるほどと思う反面、理解に苦しむ部分があります。グラナイトシティ製鉄所は、かつてはナショナルスチールの所有で、ナショナルスチールは日本鋼管(当時)の協力を受けていました。イリノイ州とは言うものの、ミシガン湖に面したシカゴとは正反対で、ミシシッピ川を挟んでミズーリ州のセントルイスと向かい合った場所にあります。臨海製鉄所ではないものの、広大なミシシッピ川沿いですから臨海製鉄所に近いと言えます。しかしその設備は老朽化していました。もう30年ほど前ですが、製鉄エンジニアリング部にいた同僚が、グラナイトシティ製鉄所に製鋼設備を売り込みに行きましたが、シカゴの事務所に帰ってから苦笑いしていたのを思い出します。「あそこまでポンコツだと、どこから手を付けていいのか・・」。

 

実は製鉄所には、経営戦略上、今後一切設備投資をしないと決めた工場が存在します。一般従業員には知らされませんが、工場長やスタッフは殿軍(シンガリ)として、いかにスムーズに撤退するかという能力が求められます。グラナイトシティ製鉄所はひょっとしたら設備投資をしないと決めた製鉄所なのか?と、筆者は思いました。

 

その後、米国はミニミルの勃興と、大手高炉メーカーの凋落で、ほとんどの大型製鉄所で設備投資が抑えられてきました。最近の事情は知りませんが、2年前に操業停止する前から、設備は相当老朽化していたはずです。よりによって、そんな製鉄所に金をかけて再稼働させるなんて、優れた経営戦略とは思えません。それくらいなら、五大湖(ミシガン湖やエリー湖)沿いの製鉄所に投資すべきでしょうし、日本国内の製鉄所に投資する方がずっとましではないかと思います。

 

記事を書いたBob Tita氏は、トランプ氏の決定は関係ないとしていますが、政治的背景を思わざるを得ません。製鉄所を再稼働させた場合、イリノイ州とミズーリ州の双方に朗報であり、トランプ大統領はいい顔をできます。トランプ氏は、近づく中間選挙で苦戦が予想され、イリノイとミズーリの票は喉から手がでるほど欲しいはずです。そして彼はUSスチールの黄金株を所有し、何でも拒否し、何でも決定できる立場です。

 

米国の粗鋼生産量はついに日本を抜き、これもトランプ関税のお陰として、トランプ氏は自分の手柄にしていますが、もし製鉄所の復活をなしとげれば、”Make America Great Again”が目に見える形で実現する訳で、これにトランプ氏が関与しないはずはない・・と筆者は思います。

米粗鋼生産、関税効果で26年ぶり日本抜く 構造的な弱点抱えた日本(朝日新聞) - Yahoo!ニュース

米粗鋼生産、26年ぶり日本超え トランプ関税で増産・AIブーム追い風 - 日本経済新聞

 

さらに首を傾げるのは、ライバルのアルセロール・ミッタルにスラブを供給するという話です。これは敵に塩を贈るといった美談ではありません。勿論、適正な価格で販売するのであれば独禁法にも抵触しませんし、問題はありませんが、アルセロール・ミッタルは日本製鉄にとってもライバルです(ただし合弁事業もしていますが)。

 

日本製鉄のカネで製銑・製鋼の能力を増強し、それで生じた余力でアルセロール・ミッタルを助けるとなれば、日本製鉄はいい面の皮です。日鉄の森氏はこのことを了解しているのでしょうか? USスチールの幹部は日本製鉄をお人好しのATMだと思っているのかも知れません。いや彼らだけでなくホワイトハウスの人々もそう思っているかも知れません。

 

しかし、そんなことはどうでもいいのです。筆者が疑問に感じるのは同社の高炉操業についての考え方です。彼らは、鋼材需給が逼迫して価格が上がれば、高炉を操業して粗鋼生産を増やし、需給が緩めば操業を止める・・といった使い方を考えているようです。

 

鉄鋼に限らず、素材産業は、常に需給バランスと相場の変動に振り回されます。相場が不安定であることは、経営の脆弱性に繋がり、経営者を悩ますことになります。だから、需給をバランスさせ相場を安定させるバッファー的存在が必要なのですが、高炉にそれを求めるのは、少し違うと、筆者は考えます。

 

高炉は大型設備であると同時に非常にデリケートな存在であり安定操業が一番です。火入れしてから、10年~20年間、火を止めずに操業を続けます。近年は、技術の発展により、減風や短期間の休風が可能になり、昔ほどではありませんが、高炉は止めてはいけない設備なのです。(ちなみに余談ですが、阪神淡路大震災の時の神戸製鉄所、東日本大震災の時の鹿島製鉄所の高炉が停止後にいち早く正常な操業に復帰できたのは一つの奇跡です)。

 

その高炉を、需給バランスや価格調整のためのバッファーとして使うとは・・・?

 

今、鉄鋼業界で議論されているのは、高炉と電炉の棲み分けです。それぞれに長所短所がある訳ですが、もっぱらCO2を出さないグリーン製鉄の観点から、また資源循環型社会でスクラップを大量消費する観点から、電炉の存在感が増しています。しかし、高炉と電炉の比較をそれらの観点だけから考えてはいけないのです。

 

高炉は止められませんが、電炉はバッジ操業であり、随時止めることができます。ちょうど、電力供給において、原発がベースロード電源となり、水力発電がバッファーとして機能するように、高炉と電炉の関係もそれにならった関係であるのが自然です。米国では日本以上に電炉比率が高くなっています。安定操業が前提の高炉を、止めたり動かしたりというのは想像できません。

 

スラブの外販というのは、鋳銑機を動かすのと同様に、高炉の操業を維持するための苦肉の策ですが、USスチールのアルセロール・ミッタルへのスラブ外販はそうではないようです。なぜ高炉を冷やしてはいけないのか・・・という議論になると、とても紙幅が足りませんが、一つだけ言うとしたら、耐火物の問題があります。耐火物に含まれるアルミナの比率などにより、高温に強い耐火物は、一度温度が下がると使えなくなる性質があります。レンガの張り替えが必要になります。一方、温度の上げ下げに対して強靭な耐火物は、高温性能に限界があります。高炉ではこの使い分けが重要になりますが、難しいところです。

 

この高炉と電炉の関係は、製鉄業だけではありません。ここから話は脱線します。産業廃棄物や焼却灰を資源化する事業でも、高炉型と電炉型の2つの方式が存在します。

 

茨城県の鹿嶋地区を例にとれば、高炉型(シャフト炉型)のガス化溶融炉を操業するのは鴻池組傘下のASRリサイクリング鹿島株式会社です。一方、電炉型の灰溶融炉を操業するのは新日本電工の鹿島工場です。どちらが方法として優れているかを軽々に論じることはできませんが、産業廃棄物や焼却灰を処理するプロセスでは、必然的にバッチ操業にならざるを得ません。耐火物の張り替えコスト、間欠操業となるための機会損失は無視できません。やはりガス化溶融炉は不利になります。筆者の知人の一人は、ガス化溶融炉で生き残れるのは旋回流型だけだ・・と喝破しますが、筆者にはその理屈が詳しく分からないのでコメントできない状況です。

 

製鉄業と同様、廃棄物の資源化リサイクルのプロセスに於いても、高炉型(ガス化溶融炉)に対して電炉型設備の存在感が増しているのです。ここから話をグラナイト製鉄所に戻します。鋼材需給が逼迫したから、あるいは、鋼材価格が上昇したから・・というので高炉を再稼働させるなら、もし価格が下がって不採算になったら、即高炉を止めるのでしょうか? 

 

コスト的には最新鋭のミニミルの電炉鋼にかなうはずがありませんから当然そうなるでしょう。しかしこれでは従業員にとっても、高炉の耐火物にとってもたまったものではありません。でもね、トランプ氏はにっこり笑ってこう言うでしょう。「心配するな。高炉は守る。日鉄に言って、代わりに日本の鹿嶋の高炉でも止めさせてやるさ。何せこちらは黄金株という切り札を只で手に入れたんだぜ。こいつは強力なオールマイティのカードだ」

 

さすがに名前がトランプというだけあって、カードの切り方は見事なものです。

 

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久世寿(Que sais-je)茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。

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