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元鉄鋼マンのつぶやき#169  W(タングステン)の悲劇 Part 2

2026/05/08 09:43
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経済大国である中国の景気動向がどうもよく分かりません。コロナ騒動が終了した後、世界各国は景気刺激策を行い、その結果として諸物価が大幅に上昇しています。しかし、中国での物価上昇は他国と比べると緩やかなようです。「物価が上がらないのは良いことではないか?」と習近平は漏らしたそうですが、ことはそう単純ではありません。経済は成長する過程で、緩やかなインフレ(即ち物価上昇)となるのが普通です。その逆にデフレになれば、物価は安定または下落しますが、経済は低迷・縮小となります。

 

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中国の現在の状況を見るととてもインフレとは思えません。国家統計局は直近の経済成長率を年率5.0%としていますが、これも俄かに信用できません。若年失業率は諸説ありますが、10%~40%と高い水準にあり、失業率と経済成長率の関係を示すオークンの法則に拠れば、その状況下で経済成長はあり得ません。

また経済学者の高橋洋一氏に拠れば、経済成長する場合、必ず輸入額も増大しますが、中国の輸入金額はあまり増えていません。さらに言えば、GDPの3割を占める不動産開発の金額が、-11%と減っているのに、全体のGDPがプラスなんてありうるのか?と首を傾げたくなります。いくら輸出が堅調でEVやバッテリーが売れまくってもGDPが+5.0%は考えられない数字です。

中国政府の報道官は、デフレという表現を禁止されているのか、頑強に中国経済がデフレであることを否定します。物価上昇率が低いことから「弱いインフレである」という実に苦しい表現をしています。彼らはデフレと言う言葉を忌み嫌う遺伝子でも持っているのか?

筆者が案じますに、中国の輸入品は、原油だけでなくアルミ地金や食料品(中国は世界最大の食糧輸入国です)の価格が上昇している以上、いずれ物価は本格的に上昇するでしょう。景気が後退する一方で物価が上昇する最悪の状態であるスタグフレーションになる可能性があると思います。

それにしても、中国が頑強に否定するデフレですが、実は1250年も前に中国は経験しています。書誌学者で白居易研究の泰斗である川瀬一馬博士によれば、『新唐書』には唐時代の中国が深刻なデフレに苦しんだと書いてあります。物価が下落し、農産物の価格が前年の半分になり、農民が困窮したとあります。その現象を「銭貴貨賤」と呼びます。今のデフレーションですが、これが原因でクーデター未遂や暗殺が多発し、政権が不安定化しています。

デフレの原因は銅不足でした。戦争で手柄を挙げた将兵には恩賞として貨幣を与えたかったのですが、銅の不足でそれがかなわなかったのです。更に唐の時代、貨幣経済が急速に普及・拡大して貨幣の需要が増大したのに、貨幣の鋳造・供給が追い付かなかったのです。今で言うところのマネーサプライが追い付かないということです。デフレは780年頃から始まり、788年に最悪の状態になりました。8世紀の中国のデフレは銅不足が原因でした。ちなみに日本で銅が発見されたのは、708年で和同開珎が製造されています。

今、現在、中国で発生しているデフレは銅不足ではなく国内の需要不足が原因です。それなら需要を喚起すべきですが、作り過ぎたマンション群、マンションは完成しないのに住宅ローンだけ抱える庶民、「大学は出たけれど・・・」非正規の職にすらありつけない青年、を見ると、難しそうです。

そして中国政府はデフレ撲滅とは別に、独自の目標を抱えています。それは人民元がハードカレンシーとなり、世界経済の基軸通貨として使われることです。習近平の夢です。もし人民元が強くなれば「銭貴貨賤」となり人民は苦しみます。でも中国の指導者は、人民の生活より人民元の価値を選ぶかも知れません。そして現在人民元は強くありません。

では人民元の信用度を高め、強くするにはどうすればいいでしょうか? 筆者が考える方法は、不換紙幣から兌換紙幣にすることです。兌換紙幣となれば、裏付けとして金などの物資と紙幣の交換を保証しなければなりませんが、今さら金本位制はありえないでしょう。金本位制を採用している国は20世紀に絶滅しました。 中国は米国債を売り払う一方で金を大量に購入していますが、それを人民元の交換対象にすることはできません。中国はデフレが進む一方で、通貨の信用は高くならないのです。

戦前の日本は下落し続ける円の価値を高めようと、首相浜口雄幸と日銀総裁井上準之助は金を解禁しました。金本位制の復活と円の兌換紙幣化です。しかしそれは失敗しました。その結果、大恐慌の火に油を注ぐような経済危機を招き、中小企業の倒産と農村の疲弊が進みました。2人は憤激したテロリストの凶弾に倒れています。

浜口雄幸は「自分の政策を理解しない者に殺されることがあっても男子の本懐だ」といったそうですが、景気刺激を行うべき時に緊縮財政を進めた責任は免れません。

(筆者の個人的感想です)。

 中国が今、金本位制を採用する可能性はありませんが、人民元を強くしたい思いは政府内にあるはずです。ではどうすればいいのか?

金以外の金属で、中国が生産、供給の両方で、世界の主導権を取れる元素、高融点で硬くて重い元素・・・・そうだ、タングステンがある!

中国の通貨をタングステン本位制にしよう。そして、タングステン購入時は、人民元だけで決済できるようにしよう。タングステンは現代の産業に不可欠の金属であり、中国はその供給を管理することで世界経済の派遣を握れる・・・。人民元は世界の基軸通貨になる。新たな兌換紙幣の登場だ! という妄想ができます。

しかし、21世紀に兌換紙幣を復活させるのはあまりにリスクが大きいです。

タングステン消費国は結託して、タングステン資産の備蓄やリサイクルに努めるでしょう。タングステン本体だけでなくAPT(パラタングステン酸アンモニウム)も備蓄の対象になるでしょう。中国がタングステン供給を絞れば、韓国のNANDメモリーの生産と供給が止まって、中国自身が困ることになります。切削加工のチップや刃物が無くなれば、機械部品が製造できなくなります。

 世界中の景気回復にブレーキがかかることになります。勿論いいこともあるでしょう。タングステンが無くなれば砲弾が製造できなくなり、世界中の戦争が止まるかも知れません。

さらに将来、タングステン資源が枯渇すれば、唐時代の銅と同様、激しいデフレが発生することになります。

いずれにしても、タングステン本位制は中国自身の首を絞めることになり、経済政策の立案者は粛清されるか、暗殺されるでしょう。まあ本人は「男子の本懐」と言うかも知れませんが、人々はそれを「Wの悲劇(タングステンの悲劇)」と呼ぶでしょう。某推理作家に怒られるかも知れませんが・・・。

金解禁を断行して暗殺された日銀総裁の井上準之助は、その棺に白居易の詩集を入れて貰ったそうです。白居易の詩をまとめた『白氏文集』は全71巻ですから棺に入れるのは難しいでしょう。多分ダイジェスト版でしょう。

8世紀の中国に話を戻します。

白居易は唐時代の大デフレ騒動を少年期に経験し、成長してからは有能な官吏として社会の安定に尽力しました。デフレ政策の尻ぬぐいをした形です。彼の詩には単なる感傷詩や閑適詩といった抒情詩に留まらず、厳しい社会批判を含む諷諭詩が多く含まれます。

自らデフレを招いた井上準之助が、白居易の詩のファンであったというのは驚きですが、なんとなく理解できる気もします。

1000年以上前に銅不足がデフレを招き、今また内需不足でデフレを招いている中国ですが、やっぱり歴史は繰り返します。

そして日本でもデフレがぶり返す恐れは常にあります。但し、銅だのタングステンだのとは関係ないでしょうが。

久世寿(Que sais-je)

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