日本の産業構造には、海外から見ると少し独特な特徴があります。
それは、一つの産業で発生した副産物や余剰物を、別の産業が原材料として巧みに活用する「複合型バリューチェーン」が高度に発達していることです。
たとえば製鉄所から出る副生ガスは発電や化学原料に使われ、石油精製で生じる副産物はプラスチックや化学品の原料になります。火力発電所から発生する石炭灰はセメント原料として活用され、非鉄製錬で生じる硫酸は肥料や半導体材料、金属精製など幅広い産業を支えてきました。
言い換えれば、日本経済は「不要なものを無駄にしない」という工夫の積み重ねによって競争力を獲得してきたとも言えるでしょう。
しかもこの仕組みは、単なるリサイクルではありません。
安価な副産物を別産業が利用することで、全体としてコスト競争力を高めるという、日本型ものづくりの知恵そのものだったのです。
ところが現在、この構造に大きな揺らぎが生じ始めています。
背景には、大きく三つの変化があります。
一つ目は、ポスト自由貿易時代における経済安全保障上の要請です。
これまで世界経済は、「必要なものは海外から安く調達すればよい」という前提で動いてきました。しかし米中対立やウクライナ情勢を経て、資源・素材・エネルギーの安定確保そのものが国家課題へと変わりました。
二つ目は、脱炭素化です。
鉄鋼、石油化学、セメントなどの基礎素材産業では、CO2排出削減のため生産縮小や設備転換が進みつつあります。しかしここで見落とされがちなのは、「主産物」が減ると、「副産物」も同時に減るという事実です。
三つ目は、日本市場そのものの縮小です。
少子高齢化と人口減少によって国内需要が落ち込み、生産量全体が減少すれば、当然ながら副産物の供給量も減少します。
つまり今、日本の産業は「主産物の論理」で変化しているにもかかわらず、実際には「副産物の供給不足」が別産業を揺さぶるという、複雑な連鎖リスクを抱え始めているのです。
その典型例の一つが硫酸です。
硫酸は、化学産業の「米」と呼ばれるほど用途の広い基礎化学品ですが、日本ではその多くが銅や亜鉛などの非鉄製錬過程で副産物として生産されています。鉱石中の硫黄分を処理する過程で発生するため、ある意味では「作ろうと思って作っている」というより、「製錬の結果として生まれる」性格の強い製品です。
ところが脱炭素化や資源価格高騰、製錬コスト上昇などが重なると、非鉄製錬そのものの国内競争力が揺らぎます。すると硫酸供給も不安定化する可能性が出てきます。
硫酸は半導体材料、肥料、電子材料、金属精製など幅広い分野で使われていますから、その影響は極めて広範囲です。
同じようなことは、実はプラスチック原料にも言えます。
現在のプラスチックは、石油精製やナフサ分解工程の副生成物を活用することで成立している部分が少なくありません。しかし、もし原油供給に関する不安定性が増し、さらに脱炭素政策によって化石燃料利用が大きく抑制されるようになれば、石油化学全体の構造そのものが変わる可能性があります。
すると今までは比較的安価だったプラスチックが、将来的には「高価な工業材料」へと変化してゆく可能性すら否定できないのです。
これらのリスクは、いくつかの類型に整理できます。
第一は、「副産物消滅型リスク」です。
主産業の縮小によって副産物供給が消え、別産業が立ち行かなくなるケースです。
第二は、「国内循環崩壊型リスク」です。
日本国内で成立していた産業間連携が維持できなくなり、輸入依存へ移行するケースです。これは経済安全保障上の脆弱性とも直結します。
第三は、「コスト転嫁型リスク」です。
これまで安価だった副産物が希少化することで価格が高騰し、最終製品価格に大きな影響を及ぼすケースです。
そして第四は、「技術喪失型リスク」です。
産業縮小によって製造現場そのものが消え、長年蓄積してきた技術や人材まで失われてしまうケースです。
これらは一見すると別々の問題に見えます。
しかし本質的には、「効率化された産業構造が、逆に脆弱性を高める」という共通課題を抱えています。
日本は長年、「無駄を減らす」ことで競争力を築いてきました。
ところが余裕のない最適化は、環境変化に対して弱いという側面も持っています。
今回提示したシナリオは、必ずしもその通りになるという性格のものではありません。
他方で、全く可能性がないとは言えないものだということも、ぜひご認識いただきたいのです。
特に経営者の皆様には、「自社が依存している原材料は、どの産業の副産物によって支えられているのか」を一度整理してみていただきたいと思います。
サプライチェーンは、単純な調達先管理だけでは見えてきません。
そのさらに奥にある産業構造まで視野を広げた時、初めて本当のリスクが見えてくることがあります。
では、日本はこれから何をすべきなのでしょうか。
私は、単純に「国内回帰」を叫ぶだけでは十分ではないと思っています。
むしろ重要なのは、産業間連携を戦略的に再設計することではないでしょうか。
副産物依存型だった産業構造を可視化し、どの分野がボトルネックになり得るのかを整理する。必要なら国家レベルで供給維持を支援する。あるいは再資源化技術によって代替原料を確保する。
さらには、単一産業の効率だけではなく、「社会全体としての持続可能性」を基準に産業政策を考える必要も出てくるはずです。
これはある意味で、サーキュラーエコノミーを単なる環境論ではなく、「経済安全保障」の問題として再定義する作業なのかもしれません。
社会にとって必要な循環をどう維持するのか。
その問いに正面から向き合える企業こそが、次の時代の競争力を手にするのではないでしょうか