アメリカと中国、そして日本の重要鉱物貿易動向
新たな緊張が高まっている米中関係、それに伴うテクノロジーに関連する資源の獲得競争や多くの規制。
その緩衝地帯に立つ日本の有り方について、先日関係者と話す機会を得られたので簡単に内容を纏めさせて頂く。
レアアースとレアメタルの産業依存度の高さ
中国がその市場価値を高めだしたのは、ハイテク製品の生産に必要な素材であるレアメタルやレアアースといった希少鉱物の産出地として着目された頃である。
特にレアアースの産出量は圧倒的であり、これ抜きには既存のハイテク製品は成り立たないとされる程である。
それ故に中国発の製品に対するトレーサビリティを追求しようにも、レアアース抜きでどれだけの製品が製造できなくなるのかという事を考えた場合に、欧米諸国は強気に出る事は出来ないという状況が続いていた。
ここに来て欧米諸国は自国の近海、あるいは周辺諸国にレアアースやレアメタルの鉱脈を探し当てる動きを活発化させている。
しかしそれらの量は未だに中国抜きで市場を維持させられる程の量とは程遠く、結果としてまだまだこういった製品を作り続ける限りは中国の鉱物資源に依存する事になる。
もちろん中国も売り手が無ければレアアースも宝の持ち腐れとなってしまう。
イデオロギーや主義は抜きにして、現状「持ちつ持たれつ」の関係にあるのが米中の貿易関係の根底にあるのだ。
混迷の貿易事情
そんなアメリカが昨年打ち出したIRAこと「インフレーション抑制法」。この法案の制定が与える影響は世界に大きな影響をもたらしている。
その法案の中に電気自動車に関する要綱も定められており、以下の要件が悩みの種となっている。
「価格は5.5万ドル(車種によっては8万ドル)以下であること」「車両の最終組み立てが北米(米国、カナダ、メキシコ)で行われていること」「電池材料の重要鉱物のうち、調達価格の40%が自由貿易協定を結ぶ国で採掘あるいは精製されるか、北米でリサイクルされていること」「電池用部品の50%が北米で製造されていること」という4点だ。
このうち重要鉱物の調達価格の割合は2027年までに80%まで、最後の電池用部品の割合は2029年までに100%まで上がる物とされている。
一方中国では昨今、電気自動車の需要が急速に高まりつつある。
潤沢な原料、素材を持っているからこそ供給が進んでいるのだが、寒冷地では電気自動車よりもハイブリッド車の方が使い勝手が良い。
その為中国国内市場向けに、自動車は電気自動車とハイブリッド車が並列して需要を獲得すると見込まれている。
米国向けの車輌輸出は厳しい傾向となりそうだが、何分国内の総人口は10億を超える巨大市場である。
更に東南アジアやロシアなどとも関係が深く、貿易も盛んである以上マーケットが揺らぐことはないと思われる。
それを踏まえて日本は資源国ではなく、当然中国のレアアースも含め多くの資源を輸入している。
先述したIRAに対しては、自国の産業を素材の産出国ありきで賄っている以上そうそう首を縦に振るには難しい状況だ。
特に米国向け車輌を日本で生産する流れの自動車メーカーとしては、何としても打開策を見つけ出さなくてはならない。
それこそ新たな市場を開拓する他無い次元にまで追い込まれる可能性は決してゼロとは言えないのである。
持ちつ持たれつを真に活かす立地
昨今中国では政府当局および国家糧食・物資備蓄局(SRB)がレアアースやレアメタルの様な重要鉱物の更なる備蓄と企業の国有化を行っている。
もちろんこれは前々から見られていた動きであるが、昨今ではその他の素材についてもこの動きが広がるのではないかとされている。
それはひとえに中国もまた、資源輸入国であるという事情が存在する。
レアアースは中国の埋蔵量が圧倒的ではあるものの、レアメタルについては必ずしもそうとはいかない。
コバルトはコンゴ民主共和国、タンタルはルワンダ、白金族やマンガンは南アフリカといずれも紛争の絶えない地域で採掘されるコンフリクトメタル(紛争鉱物)である。
これら無しには例えレアアースを持っていたとしても、バッテリーの生産に繋げる事は出来ない。
こういった素材を利用するのはバッテリーを生産するならどこも同じという話であり、当然中国同様に日本もこういった鉱物の輸入国だ。
ひるがえって現状では、欧州や米国に対して日本はある程度顔が利くが中国はそうも言ってられない立場である。
当然米国よりも日本の方が地理的にも遥かに中国と近く、お互いが与える影響は無視できないレベルとなっている。
その上で日本としては、10億を超える人口を擁する中国や近隣のロシア、あるいは東南アジアの経済圏を無視出来るだけの経済力は現状無い。
そしてここでのIRAの制定と来れば、米国市場に対してそれこそ「距離を置く」という選択肢も見えてくる。
そこで日本としては、現状対立関係にある米中のうち「どちらに付くか」ではなく「どちらにもつかず、互いに利する関係に留まる」という独立した立場で交渉を行うのが良いのではないだろうかと関係者は語る。
現状過剰に米中対立を煽ったとして、結果的に日本が一番近い大口顧客の中国との取引のパイプを閉ざすことになりかねない。
また先述した通り、米国も中国もお互いの市場を無視できるかといえばそうではない関係である。
つまるところ、日本が中国、ひいてはその周辺諸国と連携し経済圏を築き、そしてまた米国を含めた西側諸国とも経済圏を築く文字通りの独立外交を展開するべきではないかと言うのだ。
もちろんこれがバブル期であればどうかと思う経済状況であったが、現状の日本経済の冷え込みではポリシーを維持するよりは遮二無二縋れる道を探す方が賢明ではないだろうか。
対立軸のさなかに巻き込まれるよりも、日本という国の立場をより明確にして世界に存在感をアピール出来るだけの姿勢を見せる事が必要になる機会が訪れる可能性は高い。
二極化していく世界の中で、かつて技術で鳴らした日本という国がどの様に身の振り方を考えていくのか。高騰しつつある希少鉱物の値段を見ながら、いよいよそう考えなくてはならない時が来ているのかもしれない。
英語記事はこちら
(iruniverse ichimura)
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