2026年1月29日に開催された電池材料研究会において、「電池材料研究会(前編)中性子ビームラインを用いた二次電池の材料検討」に引き続き、-PARKの中性子ビームラインを用いた燃料電池の検討に関する講演を2件紹介する。
燃料電池セル内の水/氷の中性子可視化:豊田中研 加藤悟氏
本講演では、燃料電池セルの内部で生成される水が氷点下環境で凍結する挙動を中性子を用いて観察した研究が報告された。燃料電池車は走行時に水を排出するため、車両停止時にセル内に水が残留することがある。車両走行中はセル温度が概ね70℃以上まで上昇するためセル内の水が凍結する懸念は小さいが、寒冷地においては始動時の凍結対策が重要な課題となっている。
セル内で水が凍結すると体積膨張により電極内部の多孔体が損傷し、反応に必要なガスの流れが妨げられて発電に寄与できない領域が生じたりする可能性がある。対策としては停車時に空気を吹き込んで排水するパージ処理、始動時のセルの昇温制御がなされている。この昇温制御では立ち上げが遅いと生成水が凍りやすく、速すぎると別の制約が生じるため、最適な制御が課題となる。
燃料電池セルは外側が金属で覆われ内部を目視できないが、中性子は透過性が高く水の分布を可視化できる。豊田中研では中性子を用いて燃料電池内の氷点下始動時の生成水の分布や、冷却過程で水が氷へ移行していく様子を観察し、酸素流入側付近に水が溜まりやすいなど、分布に偏りがあることを確認した。さらに、氷点下始動を模擬した暖機運転の観察では、温度を上げても水が残留しやすく、氷点下を超えた後も残った水が性能低下に関与する可能性が示唆された。
実験では車載サイズのセルを中性子環境下で発電させるための装置構築が必要となり、温度制御や結露・霜対策、装置の固定など多くの工夫が紹介された。水と氷の識別については、中性子のエネルギーによって水と氷の見え方が異なる性質を利用し、異なる条件で取得した画像を比較する手法が説明された。
本研究で観測されたセル内の水および氷の挙動は、今後の昇温制御の設計指針のための重要なデータとなる。ただし現状の測定では時間分解能に限界があり、より短い時間スケールでの観測には設備側の高度化が必要だという。今後はこの課題をクリアして、より詳細な水/氷の挙動を観察する予定であるとのこと。
燃料電池セル内の水の中性子可視化:FC-Cubic 今井英人氏
今井氏は本講演において、燃料電池セル内の水可視化をテーマに研究開発を支える計測・解析の運用体制と今後の方向性を共有した。
2020年7月から2025年3月まで参画したNEDO事業を例に、産業界とアカデミアが連携し、放射光や中性子など複数の量子ビーム計測を組み合わせて材料評価と課題解明を進めてきた。2025年4月から始まった次期事業では、燃料電池に加えて水電解なども対象に含め、分野横断で解析基盤を整備する方針という。
燃料電池は触媒からセル、スタックまで対象スケールが広く、単一手法では全体像を捉えにくい。このため、国内の主要施設を横断的に活用し、中性子イメージングによる水分布の可視化と、X線CTなどによる微細構造観察を使い分けながら検証を進める必要がある。加えて、計測の自動化やデータ管理、AI活用を含むDXを進め、複数条件の高速評価と結果の設計・製造プロセスへの還元を目指す考えが示された。
日本国内にはナノテラス、J-PARC、SPring-8といった世界トップレベルの解析施設がそろっており、その中でもJ-PARCが産官学に開かれた形で電池開発に活用されている点は印象的だ。中性子を用いた解析は、電池内部の挙動を実機に近い状態で捉えられる強みがあり、基礎研究にとどまらず実用開発に直結するツールとして機能している。
モビリティの電動化や燃料電池の普及が進む一方で、家電や産業機器を含め、電池はあらゆる分野で不可欠な基盤技術となっている。リチウムイオン電池に続く次世代電池の開発競争は国際的に加速しており、材料や構造、製造プロセスまで含めた総合力が問われる局面に入っている。
中国やインドの存在感が高まる中、日本が強みを持つ高度な解析インフラを産業界と共有し、実用課題の解決につなげていく取り組みは、電池分野における国際競争力を底上げする重要な要素になる。研究施設を「使われる基盤」として位置づけ、技術開発と事業化を結びつけていけるかが、今後の成長を左右すると感じた。
(IRuniverse Midori Fushimi)