戦争の行方に金属の性質が影響を与えた例は多いのですが、一番古い例はナポレオンのロシア遠征でしょうか?
ナポレオンはロシア攻略中に極寒の冬を迎え、撤退を余儀なくされています。この戦争での敗北がヨーロッパの歴史を大きく変えた訳ですが、ナポレオンの敗因については、諸説あります。感染症の一種である塹壕熱に多くの兵士が罹患したという説が有力ですが、錫ペストが原因とする説もあります。錫ペストは、別名錫コレラとも言いますが、これは感染症ではありません。スズには同素体が3種類ありますが、極低温域になると極端に脆い同位体になりボロボロになります。ロシアの冬の寒さで軍服のボタンがボロボロになって崩れ、その結果寒さをしのげず、敗北に至ったという説です。そんなまさか・・・と思う説ですが、証拠品としてボロボロのボタンが残っているとのことで、錫の劣化があったのは事実です。
20世紀以降、その有無が戦争の結果に影響を与えた金属という点では、ニッケルが一番です。低温環境下でも人生を保つ艦船用鋼材の合金成分として必要とされた以外に、航空機の過給機やジェットエンジンのタービン部材として必須でした。米国の爆撃機はニッケル基合金を用いた過給機を持ち、高度1万メートルを悠々と飛ぶのに対し、日本の戦闘機は過給機が無かったために、その高度での戦闘が難しかったというのは知られた話です。
ドイツはターボジェットエンジンの航空機をいち早く実用化した国ですが、画期的な戦闘機Me262では、ユモエンジンの寿命の短さは、悩みの種でした。ニッケルが入手できなかったために、タービンブレードが短時間で劣化したのです。10時間稼働させると、オーバーホールが必要になったのです。この問題は21世紀の現在も続いています。
米国製のジェットエンジンと比較すると、ロシア製のジェットエンジンの寿命は半分以下、中国製のジェットエンジンの寿命はそのまた半分以下と言われています。この差は航空機(特に戦闘機)の稼働率に大きな影響を与えます。機数を揃えても、稼働率が低ければ戦力としては小さくなります。
ブレイトンサイクルの熱効率を考えると、エンジンの燃焼温度は高いほどよく、高性能かつ高燃費を実現するには、耐熱性の高いタービンブレードが必要になります。ここで言う耐熱性とは熱疲労特性と耐クリープ特性の両方です。今のところ、ニッケル基合金の単結晶が最もすぐれているとされ、この分野では日本の研究は最先端です。物質材料研究機構の長田博士のグループや横浜国大の研究が知られています。中国は、単結晶の作成に問題があるのか、高性能エンジンをまだ開発できていません。ロシアも似たような状況です。かなり昔の事ですが、まだMig25が秘密のベールに包まれていたころ、Mig25の偵察機が、イスラエル上空をマッハ3.2で飛行したことがあります。西側世界はその性能に驚愕しましたが、実はその機体は着陸後にエンジンを両方共交換する必要があったとのことです。
第二次大戦時とは異なり、いかに戦略物資と言っても、ニッケルは普通に入手できます。しかし特殊なニッケル合金や単結晶の製造はままなりません。中国の金属工学のレベルはここ数十年で急速に向上し、論文の質や量は日本を凌駕しています。しかし、最先端の分野では・・まだ中国は西側諸国に追い付いていない部分もあるようです。
では、世界中できな臭い臭いがする現在、注目すべき金属は何でしょうか? 砲弾、特に徹甲弾の弾芯に使われるタングステンは無論注目されています。高い運動エネルギーを目標に与える徹甲弾は、密度の高い金属が適当とされタングステンや劣化ウランが適当とされます。(実際には強度を確保するため、外側をマルエージ鋼でくるむ場合もあります)。
日本を代表する砲弾メーカーはダイキンであり、ダイキンは大口のタングステンユーザーと思われますが防衛産業については殆ど語られません。
既に代表的な産出国である中国は、外交の駆け引きにタングステンを利用し、世界の消費国は振り回されています。その価格は高騰し、各国は備蓄とリサイクルのシステム確立に追われています。手元に資料が無いので憶測ですが、ウクライナ戦争では、毎日大量の砲弾が発射され、タングステンが消費されているはずです。中国によるタングステン輸出の制限と価格高騰は、間接的にロシアを応援する形になっています。確かにタングステンは劣化ウランと並んで、注目すべき金属です。
ではこれからはどうなのか?と考えた場合、タングステンと並んで鍵となるのは銅合金であろうと思います。その銅合金とは、レールガンに用いる銅合金のことです。レールガンとはフレミング左手の法則に則って弾体に大きな運動エネルギーを与える装置で、摺動する電極には銅合金が使用されます。日本のみが実用化に成功して、米国や中国で開発が進まない理由の一つは、この銅合金の耐久性の違いです。
米国の場合、すぐに銅合金の部品が摩耗・損壊して、連射に耐えないのです。一方、日本では、耐久性があり、連射が可能な銅合金の開発に成功したのです。開発したのはある黄銅メーカーと聞いていますが、ここでは詳しく書けません。銅合金の成分も書けません。この銅合金は航空母艦の電磁カタパルトの開発にも有用とされます。遠くない将来、武器は火薬を用いない時代になるかも知れません。砲弾は、電磁力だけで超高速に加速され、命中した際はその運動エネルギーだけで目標を破壊するため、炸薬も不要となるのです。レールガンでは、実際に飛翔するのは弾芯のみで、これは前述の通りタングステンやマルエージ鋼で製造されます。
日本での新技術開発と防衛予算の増大が進む中、一部の銅合金メーカーやダイキンの業績や株価が注目されます。ただ、それらに動きがあるからといって、日本が戦争に巻き込まれる訳ではありません。戦争の接近を占うには別の金属がポイントになりそうです。
そう言えば、かつて金(ゴールド)欲しさに、戦争が起こった例があります。19世紀後半から20世紀初めに南アフリカで行われたボーア戦争です。19世紀、南アフリカにはもともと、オランダ人が入植し農業を営んでいました。彼らをボーア人と呼びます。しかし同国でゴールドが発見され、さらにキンバリーでダイヤモンドが発見されると、南アフリカの一部にしかいなかった英国人が南アフリカ全土を手中に納めようと戦争を仕掛けます。そして戦争に勝ち、南アフリカは英国の植民地となり、ゴールドの権益も手にしました。清国を相手に行ったアヘン戦争と並ぶ、英国の醜い戦争の一つです。「醜い戦争」の意味は、大義無き戦争という意味です。まぁそう考えると大義のある戦争などあるはずもなく、現代は醜い戦争ばかりですが・・。前回ご報告した日露戦争は、ロシアの膨張主義に反発した日本と英国が日英同盟のもと、ロシアと戦った戦争ですが、実際に戦ったのは日本で、日本は英国の代理戦争を請け負った形です。英国人にこの点を尋ねると、当時、英国はボーア戦争の後始末で大変で、ロシアと直接戦争する余裕は無かった・・とのこと。
話が脱線しましたが、高品位の金鉱を持つ国は狙われます。筆者が密かに心配するのは、鹿児島県に菱刈鉱山を持つ日本です。今、某国では尖閣諸島だけでなく、沖縄全体が元々某国のものだったというキャンペーンが始まっています。やがて九州全体が某国に属するもので、某国に返還せよ(金鉱山も一緒に)と言い出しかねません。
金価格とタングステン価格が揃って高騰し、ダイキンの株価が上昇したら、少し心配した方が良いのかも知れません。
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久世寿(Que sais-je)茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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