日本の製鉄メーカー各社において、いま大きなテーマとなっているのが脱炭素への対応です。その切り札の一つとして注目されているのが、大型電炉の導入です。従来、高炉が担ってきた高品質鋼の領域に電炉が踏み込んでいく――いわば「電炉革命」とも言える動きが、水面下から一気に顕在化してきました。
具体的な動きを見てみますと、各社ともにかなり踏み込んだ計画を打ち出しています。例えば、国内最大手である日本製鉄は、高炉からの転換を視野に入れた大型電炉の新設を検討し、高級鋼の電炉生産に挑む姿勢を明確にしています。また、JFEスチールも既存設備の見直しとあわせて電炉比率の拡大を進める方向にあり、さらに神戸製鋼所も電炉技術の高度化を含めた低炭素戦略を打ち出しています。いずれも単なる設備更新ではなく、「そもそもの製鉄方法の主役をどう考えるか」というレベルの意思決定である点が重要です。
ここで改めて、高炉と電炉の違いを整理してみましょう。高炉は鉄鉱石とコークスを用いて還元するプロセスであり、CO2排出量は粗鋼1トンあたり概ね2トン前後と言われています。一方で電炉は主に鉄スクラップを溶解して再生するプロセスであり、電力の電源構成にもよりますが、CO2排出量は高炉の約4分の1から5分の1程度に抑えられるケースが多いとされています。数字だけを見れば、電炉化が脱炭素に資する施策であることは明らかです。
では、この流れはそのまま進むのでしょうか。そして電炉化だけで脱炭素は達成できるのでしょうか。ここに少し立ち止まって考える余地がありそうです。
よく引き合いに出されるのが、「電炉で自動車鋼板が作れるようになった」という話です。これまで電炉は建材用途など比較的グレードの低い鋼材が中心とされてきましたが、近年では品質面での進化が著しく、いわゆる高級鋼の領域にも踏み込みつつあると言われています。確かに、これは技術的な大きな前進であることは間違いありません。
しかし一方で、象徴的な例として語られるのが新幹線のレールです。高速・高荷重という極めて厳しい条件で使用されるレールは、長年にわたり高炉製鋼によって支えられてきました。「電炉では作れない」と言われることもありますが、調べてみると必ずしもそう単純な話ではないようです。成分設計や精錬技術といった観点では、電炉でも理論的には対応可能とされています。にもかかわらず実用化に至っていないのは、品質保証や認証、そして何より長期にわたる量産安定性の確保に対する信頼性の差がまだ埋められていないためだと言えます。
つまりここには、「作れるかどうか」と「使い続けられるかどうか」という二つのハードルが存在しているわけです。前者は技術開発で乗り越えられる可能性がありますが、後者は実績と信頼の積み重ねが不可欠です。特に鉄道インフラのように安全性が最優先される分野では、この差は極めて大きな意味を持ちます。
とはいえ、大手製鉄メーカーが電炉化を本格的に視野に入れているという事実は見逃せません。これは裏を返せば、こうした障壁をいずれ克服できるという見通し、あるいは少なくともそこに挑戦する意思があることを意味します。高級鋼の電炉生産が当たり前になる未来を、彼らは現実の選択肢として捉えているのではないでしょうか。
そう考えてみると、製鉄技術の脱炭素を電炉がけん引していくという構図は、単なる理想論ではなく、かなり現実味を帯びたシナリオに見えてきます。もちろんその道のりは平坦ではありませんが、方向性としては既に共有されつつあるように感じられます。
そしてもう一つ注目すべきは、この流れが業界構造にも影響を与え始めている点です。高炉は巨額の設備投資と長期運用を前提とするため、拠点の統廃合や再編の議論が、必ずついてまわります。実際に国内でも、高炉の休止や再編に関するさまざまな観測が飛び交っています。一方で電炉は比較的柔軟な立地や運用が可能であるため、地域分散型の生産体制や新規参入の余地を広げる可能性もあります。
こうした動きが進めば、従来の「高炉中心の寡占構造」とは異なる、新しい競争環境が生まれるかもしれません。電炉技術の高度化が、単なる脱炭素対策にとどまらず、業界再編のトリガーとして機能する可能性も十分に考えられます。
いずれそう遠くない日に、「高炉か電炉か」という議論そのものが意味を持たなくなる時代が来るのかもしれません。技術的な境界が曖昧になり、最適なプロセスを組み合わせて使うことが当たり前になる。そのとき製鉄業は、脱炭素という課題に対して、より柔軟で強靭な産業へと進化しているのではないでしょうか。
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西田 純(循環経済ビジネスコンサルタント)
国連工業開発機関(UNIDO)に16年勤務の後、コンサルタントとして独立。SDGsやサーキュラーエコノミーをテーマに企業の事例を研究している。武蔵野大学環境大学院非常勤講師。サーキュラーエコノミー・広域マルチバリュー循環研究会幹事、循環経済協会会員