出口の見えないイラン危機が続いています。報道を見るたびに新しい分析や予測が示されますが、残念ながら現時点で明確な着地点が見えているとは言い難い状況です。
もちろん外交や安全保障の問題ですから、外部から見えている情報だけで全体像を把握することはできません。水面下ではさまざまな交渉が続いているでしょうし、今日の常識が明日には覆ることも決して珍しい話ではないからです。
それでも一つだけ確かなことがあります。中東地域における緊張の高まりが、世界経済に少なからぬ影響を及ぼしているということです。
中東問題というと、多くの方はまず原油価格の動向を思い浮かべるのではないでしょうか。実際、日本はエネルギー資源の大部分を海外に依存しているため、この地域の不安定化は私たちの暮らしや企業活動に直結する問題です。
ただ今回改めて感じるのは、影響を受けるのはエネルギーだけではないということです。むしろ現代の経済活動を支えているサプライチェーン全体が、直接あるいは間接に影響を受けていると考えた方が実態に近いのではないかと思います。
原材料の調達から製造、物流、販売に至るまで、今やあらゆるビジネスが国際的な分業体制の上に成り立っています。そのため中東で起きた出来事であっても、輸送コストや原材料価格の上昇という形で、やがて世界中の企業活動へと波及してゆくわけです。
実際に企業の現場では、さまざまな対応が進められています。値上げによるコスト転嫁を検討したり、在庫水準を見直したり、調達先の分散を進めたりと、それぞれの立場で工夫が積み重ねられています。
エネルギー分野においても同様です。国家備蓄や民間備蓄を活用しながら、急激な混乱を避けるための取り組みが続けられています。
興味深いのは、それらの対応によって今のところ社会全体が大きく混乱しているわけではないという点です。もちろん個別企業レベルでは苦労もあるでしょうし、利益を圧迫されている業種も少なくありませんが、少なくとも経済全体としては何とか持ちこたえているように見えます。
逆に言えば、「とりあえず今のところは何とかなっている」という認識が広がっているのかもしれません。実際、報道などを見ていても、危機そのものより対応策に焦点が当たる場面が増えているように感じます。
私はこの状況を見ながら、昨年の備蓄米放出の議論を思い出していました。米価の上昇や供給不安が社会的な関心事となる中で、政府は備蓄米を市場へ放出するという判断を行いました。
その政策評価についてはさまざまな意見があったと思います。しかし結果として私たちは、「必要な時には備蓄を活用する」という仕組みが実際に機能することを経験したわけです。
平時にはなかなか意識されませんが、社会には有事に備えたさまざまな制度が存在しています。そして本当に重要なのは、それらが必要な時に機能するかどうかを確認することです。
その意味で、備蓄米放出も一種の社会実験だったと見ることができるかもしれません。市場や流通がどのように反応するのかを確認する貴重な経験になったとも言えるでしょう。
今回の中東情勢についても、少し似た側面があるように思います。物流網の柔軟性やエネルギー供給体制の強靭性、あるいは企業の危機対応能力が、実際の環境変化の中で試されているからです。
言い換えれば、経済の耐性を確かめるための訓練のような側面があるのかもしれません。状況の変化に応じて供給網を組み替え、必要に応じて備蓄を活用しながら事業を継続する経験は、将来の危機に備える上で大きな意味を持つはずです。
ただし、ここで一つ考えなくてはならないことがあります。それは「何とかなる」という事実だけで満足して良いのか、ということです。
今回も乗り切れたから良かった。大きな混乱にならなかったから安心だ。そのような評価も間違いではありませんが、それだけで終わってしまえば貴重な経験を十分に生かしたことにはならないと思うのです。
なぜ今回も何とかできたのか。どの部分が強みとして機能し、どこに課題が残ったのか。その検証を行わなければ、本当の意味で社会の学習にはつながりません。
そもそも危機管理とは、元の状態へ戻ることだけを目的とするものではないはずです。経験から学び、より強い仕組みへ進化させることこそが本来の目的ではないでしょうか。
そう考えると、今回炙り出された課題は決して小さくありません。エネルギー安全保障の問題であり、資源調達の問題であり、さらには日本経済全体の構造的な脆弱性の問題でもあります。
では、この耐性をさらに高めるにはどうすれば良いのでしょうか。その答えは一つではありませんが、再生可能エネルギーの導入加速は有力な選択肢の一つだと思います。
海外から輸入する燃料への依存度を少しでも下げることができれば、それだけ外部環境の変化に強くなります。また省エネルギー技術の普及も重要でしょう。同じ価値をより少ないエネルギーで生み出せるのであれば、それは環境対策であると同時に競争力強化策でもあるからです。
さらに資源循環の推進やサプライチェーンの多様化も重要なテーマになってくると思われます。一つの供給源や一つのルートに依存しない仕組みを作ることが、これからの企業経営にはますます求められるようになるのではないでしょうか。
危機が起きるたびに「何とかなった」と胸をなで下ろすことは大切です。しかし、その経験を次の備えへと結び付けてこそ、本当の意味で危機を乗り越えたと言えるのだと思います。
中東問題は今なお予断を許しません。それでも今回の出来事によって、私たちの社会が抱える課題が改めて見える形になったことは間違いないでしょう。
何とかなる、何とかなったで済ませるのではなく、炙り出された課題に正面から向き合う。その積み重ねこそが、次の危機に対する最大の備えになるのではないかと、私はそんなふうに考えているのですが。