読者諸兄にもご存知の方が多いでしょうが、茨城県の鉄道では直流電化ができません。石岡市にある地磁気観測所に影響を及ぼす懸念があるからです。以前の拙稿にも書きましたが、微小磁場を観測する際、近隣に直流電化区間があると困るのです。慶応大学の日吉キャンパスで微小磁場の観測を行った際、キャンパスの地下をトンネルで通過する東海道新幹線(交流60Hz25000V)よりも、少し離れた東急東横線(直流1500V)の方が強い影響を与えることが分かって、驚いたことがあります。
そんな訳で茨城県内のJR各線は交流電化が普通です。交流電化では、変電所の設備費は安くなりますが、個々の電動車両の価格は高くなります。
茨城県の場合、交流か直流かという議論以外にも、沿線人口の減少という問題もあります。鉄道の大規模投資は難しい状況です。JRはまだそれでもいいですが、資金的に余裕がない中小私鉄の場合は、電化をためらうことになります。
茨城県は非電化区間を持つ私鉄が多いのが特徴です。
中小私鉄は経営が苦しいうえに、昨今のエネルギーコストの増大が頭痛の種です。できれば気動車を止めて、電車で無煙化したいところですが、そうはいきません。
ではどうすればいいのか? 一つの提案は蓄電池車両の導入です。
蓄電池車両は、日本ではJR九州が筑豊地区でEV-E301系Accum(通称デンチャ)を運行し、JR東日本では男鹿線と烏山線でEV-E801系を試験的に導入しています。運行では特に問題はでていないようです。
そういう訳で、筆者がひたち海浜鉄道の吉田社長にお話しを伺った際、蓄電池車両導入の可能性について質問しました。同社の場合、ターミナル駅のひとつは常磐線勝田駅であり、電源は既にあります。営業キロ数は14.3Kmと蓄電池車両の運行に適しています。しかし、吉田社長によると、導入は簡単ではないようです。
「そもそも、蓄電池車両は1億円以上しますし、数年後に必要となる電池交換だけで7000万円以上かかります。これだけでひたち海浜鉄道が購入する中古の気動車が数台買えます。ひたち海浜鉄道としては、JRが蓄電池車両を導入した結果、不要となった気動車を中古で安く買い入れる作戦ですよ」とのことです。
あれっ?似た話を以前にも聞きました。ハイブリッドの自動車やEVが出始めた頃、電池寿命が意外に短く、しかも電池交換に途方もないお金がかかるとあって、ハイブリッドとEVの普及にブレーキがかかっていました。今、それらの課題は残るとしてもハイブリッド車は市民権を得る・・どころか日本の乗用車の主流になっています。
それならば、鉄道車両だってハイブリッド化やEV化が可能なのでは?と思ってしまいます。車両数は自動車に比べて遥かに少ない訳ですが、自動車と違い、決まった線路をダイヤに則って走行し、専門家によって管理される訳ですからバッテリー性能を最大に引き出し寿命も最大化できます。
蓄電池車両のコストの問題は遠くない将来、解決できるのではないか・・・?と筆者は考えます。例えば、現在の蓄電池車両は三元系のリチウム電池を使用しますが、これをリン酸鉄系のリチウム電池(LFP)に切り替えれば、コストはかなり下がります。三元系に比べてやや性能は劣りますが、車両の運行形態に応じて積載する電池を工夫すれば、問題はありません。
既に中国では実用化されています。日本ではリン酸鉄型リチウムイオン電池の採用に消極的に思えてしかたないのですが、ここは発想を転換すべきところでしょう。
もう一つの工夫は、電池をモジュール化して各社共通にすることで、コストや作業性を下げることです。電車の走行距離に応じて積載するモジュール数を変えることで、重量を軽減することができます。
産業用リチウムイオン電池モジュール「LIM30H-8A」を活用したシステム ~ 東日本旅客鉄道株式会社殿開発の新型車両「EV-E301系」に搭載 ~|GSユアサ
GSユアサでも日立でも東芝でもいいですから、どこかのバッテリーで統一すべきでしょう。
そんなことを考えていたら、中国では既に純電動機関車が実用化されたみたいです。
年間1.4億円の燃料コスト削減!「純電動機関車」が中国で運用開始 | ギズモード・ジャパン
構内作業用や入れ替え作業用の機関車を蓄電池車両にするというものです。日本でも中国でも貨物列車の入れ替え用機関車はディーゼル機関車が主流でした。それは積載するコンテナの積み下ろしをフォークリフトで行う際、架線が邪魔で。操車場(ヤード)は非電化が普通だからです。機関車は牽引力を確保するためある程度重量が必要で重いバッテリーはむしろ好都合です。走行範囲が狭く、充電設備を広い範囲に設置する必要がありません。蓄電池車両化が最も適した用途です。
旅客輸送用途としては、現在未電化の短距離ローカル線が適しています。さらに言えば、途中まで電化されるも未電化の区間が残る非効率な路線が適しています。
具体的には、JR東日本の大糸線、JR西日本の福塩線が対象になります。これらの路線は、電化区間は一定量の輸送量があって路線を維持できますが、未電化の区間は輸送量が少なく、これから電化しても投資額を回収する目途が立ちません。従って一部未電化という中途半端な状況ですが、その為に列車が直通運行できず、更に言えば、インフラも運転士も電車用とディーゼル用の2種類を持たなければなりません。はなはだ非効率です。特に運転士については、電車の運転士とディーゼルカーの運転士では資格が違い、2種類を揃える必要があります。それらの事情から大糸線でも福塩線でも、未電化区間を廃線にしようとする案もあります。電化するには利用者数が少なすぎ、電化しないから非効率で廃線になる・・という悪循環です。
この悪循環を止めるには、蓄電池車両の採用が最適です。電車の運転士だけで全区間走行可能ですし、電化区間走行中に充電できるので充電の為に長時間停車する必要がありません。
それだけではありません。電化設備の維持困難や災害復旧作業軽減のために既電化区間の非電化化が進みつつあります。奥羽本線の新庄~院内間はかつて電化区間でしたが、非電化区間に戻されました。当該区間には新型の電気式ディーゼル車GV-E400系が採用されましたが、これはハイブリッドではなく、単なるディーゼル車です。
同じ奥羽本線でも、男鹿線直通区間は、蓄電池車両EV-E801系を採用していますが、新庄~院内間では採用されませんでした。理由はやはりコストと性能でしょう。
今後、地方ローカル線では旅客数減少に伴い、電化設備を維持できなくなり、非電化に戻る可能性があります。それがディーゼル車になるのなら、問題は解決されず、残ることになります。ここは蓄電池車両の出番だと思うのですが・・・。
ひたち海浜鉄道の例に戻ります。
同社の営業キロ数は、蓄電池車両の運用に適しています。また阿字ヶ浦駅と勝田駅を結ぶ路線を考えた場合、利便性からは、列車を勝田駅終点とするのではなく常磐線に乗り入れて水戸駅まで走らせるのが好都合ですが実現していません。(かつては水戸駅まで乗り入れていた)。
推測ですが、JR東日本としては、勝田駅と水戸駅の間にディーゼル車を運行する煩わしさ(その区間のためにディーゼル車の運転士を確保する必要がある)から消極的なのでは?と筆者は考えます。もしこれが蓄電池車ならその問題はなくなります。さらに言えば、ひたち海浜鉄道の列車が水戸駅まで乗り入れれば、その先にある同じように非電化区間を持つ第三セクター鹿島臨海鉄道大洗鹿島線に乗り入れることができます。鹿島海浜鉄道自体は、北鹿島駅(鹿島サッカースタジアム駅)以南で貨物輸送も多く電化に適しません。蓄電池車両を導入することで、勝田=水戸間を挟んで、ひたち海浜鉄道と鹿島臨海鉄道を結ぶことができ、そうなれば経営の自由度も増します。現状では経営が厳しく、電化できない両社ですが、経営の合理化も可能になります。
蓄電池車両が電化区間を走行すれば、充電に好都合ですが、それだけではありません。電化区間では減速時の回生ブレーキで発電した電力を架線に戻しますが、近くを電車が走行しなければ無駄になります。そこで蓄電池車両のバッテリーで余剰電力を蓄えるシステムが鉄道総研で研究されています。
電力ニュース | 研究開発 | JR 公益財団法人 鉄道総合技術研究所
この報告ではLH02型(Hi-tram)が紹介されています。これは路面電車型ですが、架線集電区間と非電化区間の両方を走る“ハイブリッド電車”です。ひたち海浜鉄道に応用可能な車両です。
鉄道総研は主にJRの研究をしていますが、JRの路線を走行する私鉄の蓄電池車両に充電する技術開発も対象となる・・と筆者は考えます。
電化区間での架線集電技術だけでなく、より安価なバッテリーの開発、日本全国での鉄道車両用バッテリー規格の統一等、鉄道総研が果たせる役割は多くあります。
鉄道車両用のバッテリー技術を改善すれば、その先には水素電車も見えてきます。
「水素電車」2030年くらいから乗れそうです | ギズモード・ジャパン
鉄道総研が蓄電池車両の開発にあたって、強いイニシアチブを発揮することを期待します。