Miruに加わって初めて参加したレアアース業界の研究会。会場に足を踏み入れると、席はすでにほぼ埋まっていた。

国際政治専攻の自分としては、事前に化学用語をひと通り頭に入れてきたつもりだった。ところが実際に聴講してみると、会場で飛び交う言葉のなかで「レアアース」と「中国」のどちらが多く出てきたのか、判断がつかなかった。
この業界では、化学元素がすでに特定の政治的文脈と深く結びついている。登壇者が語る技術的参入障壁は、本質的には地政学的な壁であり、商業コストの話は、政治的な競争の代償でもある。
産業史、技術の壁、そして歴史の逆転
登壇者は3名。元三徳株式会社の小西功氏、三井金属レアマテリアル事業部の山口靖英氏、そしてUMC Resources CEOの中村繁夫氏だ。
最初に登壇した小西氏は、あまり語られることのない日本のレアアース産業の黎明期を丁寧に紐解いた。

レアアースが工業の世界に登場したのは、1885年のオーストリアまでさかのぼる。カール・アウアー・フォン・ヴェルスバッハ男爵がネオジムとプラセオジムを分離し、ガスマントルと発火石を発明したことが起点だ。日本の稀土産業は1940年代に始まり、発火石・研磨材・蛍光体・ネオジム鉄硼磁石と用途を広げながら発展し、昭和時代には世界トップクラスの地位を誇った。しかし平成に入ると、国内のレアアース産業は衰退の一途をたどっていく。
続いて登壇した山口氏は、社会に広く流通するレアアースへの誤解を正すことから講演を始めた。

まず強調されたのは、「レアアース=中国のもの」という単純な理解の危うさだ。軽希土類(La・Ce・Nd等)は米国やオーストラリアにも鉱山があり、供給は比較的安定している。問題は重希土類(Dy・Tb等)だ。これらはほぼ中国南部に固有の「イオン吸着型鉱床」とミャンマーの一部産地にしか存在せず、ミャンマー産もその多くは最終的に中国へ流れていく。
さらに山口氏が指摘したのが、分離精製プロセスの高い壁だ。希土類元素はその化学的性質が互いに極めて近く、分離にはpH値の微細な差異を利用して、数百〜数千段もの抽出槽(Mixer-settler)を用いた繰り返し洗浄が必要になる。この溶媒抽出法自体は技術的な秘密ではないが、高い人件費と厳しい環境規制のもとで中国と同等のコストを実現することは、経済的に不可能に近い。他国で採掘された鉱石が結局は中国へ送られて精製されるケースも多い。
中国が2025年10月に重希土類の輸出規制を発動して以降、その影響は数字にはっきり表れている。酸化イットリウム(Y₂O₃)の中国から日本への輸入量は、規制前の2025年11月に約17万5000kgあったものが、2026年3月にはわずか426kgへと激減した。
注目を集める南鳥島沖深海レアアース泥プロジェクトについても、山口氏の見方は慎重だった。仮に重希土類が含まれていたとしても、1日あたり数百トンの泥を引き揚げ、脱水・凝集・分離という複雑な工程を経た場合、生産コストは国際市場価格とはかけ離れたものになる。商業的な実現可能性には、依然として大きな疑問が残ると述べた。
最後に登場した中村氏は、自ら116カ国を歩いて「中国に代わるレアアース供給源」を探し続けてきた経験をもとに語った。ミャンマーは中国資本の影響下にあり、ロシアは国際情勢に阻まれ、ベトナムのプロジェクトは頓挫し、オーストラリアは環境・放射性廃棄物処理の壁に直面した。どの代替案も、現実の前で行き詰まってきた。

中村氏が繰り返し強調したのは、中国の支配力は資源量ではなく工程にあるという点だ。1992年に鄧小平が語った「中東に石油あり、中国にレアアースあり」という言葉は、単なる比喩ではなく、数十年前から国家戦略に組み込まれた確信だったと指摘した。
象徴的なエピソードも明かされた。1970〜80年代、日本はレアアースの分離精製技術を中国に手ほどきしたという。それから40年余りが経った今、立場は完全に逆転している。技術が奪われたわけではない。中国が国家の意志と長期投資によって、他国が追いつけない規模と競争力を静かに築き上げたのだ。
AIが深める依存と、日本の「見えない強み」
中村氏はまた、AIとレアアースの関係についても整理した。AIのようなサービスの裏側では、GPU、データセンター、大量の電力、そして大量の金属が消費されている。NVIDIAをはじめとするハイテク大手の設備投資額は、2022年から2026年予測にかけて4倍超に膨らむとされる。AIサプライチェーンをたどれば、最終的にはレアアースへと行き着く。
では、日本は敗者なのか。中村氏の答えはノーだ。
レアアースの精製という土俵では中国に敵わない。しかしその先の半導体製造工程に目を向けると、日本企業が世界の急所を握っていることがわかる。EUVマスク検査はLasertecがほぼ独占し、シリコンウェハは信越化学とSUMCOで世界の約6割を供給する。成膜・エッチング装置のTEL、洗浄装置のSCREEN——主要な製造工程において日本企業のカバー率は約9割に上る。こうした存在は消費者には見えない。しかし、なければ世界最先端のチップは作れない。
中村氏がこの強みを表現するのに使ったのは、シェアではなく信頼という言葉だった。他国との差別化軸は安さではなく「止まらないこと」であり、有事の際に契約書は紙切れになるが、信頼だけは残る——と。AI時代のサプライチェーンが安全保障と直結していくほど、この見えない強みの価値は増していくというのが、彼の見立てだ。
化学式の裏側に見えた、国際政治の論理
研究会を通じて感じたのは、専門家たちが語る産業の現実と、国際政治学の概念との間に、思いのほか距離がないということだ。
国際政治学には構造的権力(Structural Power)という概念がある。直接的な圧力をかけなくとも、特定の基盤的能力を握ることで、他のアクターが自発的に依存せざるを得ない状況をつくり出す力のことだ。中国のレアアース精製能力の独占は、まさにそれにあたる。
山口氏が指摘したように、レアアース資源そのものは世界各地に存在する。しかし資源と商品の間には、高い環境コストと複雑な化学工程という巨大な溝がある。他国がその溝を埋められないのは技術の問題ではなく、中国が構築した工程の体系全体に対抗する政治経済的ロジックを持てていないからだ。

中国依存からの脱却という議論が活発になる一方で、会場の専門家たちが代替案に対してむしろ懐疑的だったのは印象的だった。それはある意味で、国際政治でいう安全のジレンマの産業版かもしれない。資源が制裁のカードになった今、グローバルなサプライチェーンの論理は効率優先から安全優先へとシフトしている。しかし安全を追求しようにも、現実の選択肢は極めて限られている。
AI技術の進歩が速ければ速いほど、その物理的な基盤——鉱山と精製工場——への依存は深まる。この会場で共有されていたのは、単なる業界情報ではなく、業界全体が抱える焦燥感だったのかもしれない。
自然資源の賦存量が地政学的な切り札へと変わるとき、それは国家の安全保障の硬い指標になる。