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青山学院大学・長谷川美貴教授に聞く希土類錯体が拓く光材料の未来(前編)

2026/08/03 08:55 FREE
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青山学院大学・長谷川美貴教授に聞く希土類錯体が拓く光材料の未来(前編)

MIRU取材班は7月16日、青山学院大学・理工学部の長谷川美貴教授を訪問。長谷川教授とは5月に開催された日本希土類学会主催の「第42回希土類討論会」でお会いし、その場で研究内容に触れたことをきっかけに今回の訪問が実現した。

長谷川教授が取り組んでいるのは、レアアース錯体の光化学である。小学5年生で「すべてのものは原子でできている」と知ってから周期表のファンだという長谷川教授は、希土類元素が持つ独特の電子状態に着目し、発光や偏光、エネルギー移動、磁性といった現象を分子レベルで解明するとともに、新たな機能性材料への展開を目指している。

前編となる本報では長谷川教授の研究内容について、後編となる次報では研究哲学や学外での活躍について報告する。

 

希土類が秘める発光の可能性

長谷川教授はエネルギー変換や材料の状態変化によって生まれる新しい現象を探究する基礎科学に関心を持ち、身近な現象である「光」に着目してレアアース錯体について研究している。

研究の中心となるのは、希土類元素を用いた発光材料である。ユウロピウムやテルビウム、ジスプロシウムなどの希土類は、蛍光灯やLED照明、ディスプレイ用蛍光体など幅広い用途で利用されている。希土類元素のシャープな発光スペクトルや優れた磁性は、4f電子が外側の電子殻に遮蔽された希土類特有の電子構造に由来し、他の元素では得難い性質を示す。

希土類錯体はまず、周囲の有機分子が光を吸収し、そのエネルギーが希土類イオンへ移動することで発光が起こる。ユウロピウムは赤色、テルビウムは緑色、ツリウムは青色、サマリウムはピンク色と元素ごとに異なる発光色を示す。研究では、有機分子と希土類イオンのエネルギー準位を精密に一致させることが高効率発光の鍵のひとつとなる。

 

希土類錯体のサンプル ユウロピウムは赤色(右)、テルビウムは緑色(左)に発光する


長谷川教授は博士課程で培ったスペクトル解析の知見を生かし、エネルギー準位を詳細に解析しながら効率よくエネルギーを受け渡す分子設計を進めてきた。その成果が、水中でも安定して機能する「らせん状の配位子(ヘリカル配位子)」である。構想から試行錯誤を繰り返し論文発表まで約10年を要し、大津英揮博士(現富山大学准教授)らと2014年に基本骨格を報告して以降、長谷川研究室を代表する基盤分子へと発展した。

ヘリカル配位子は、5つのキレート環を形成して希土類イオンを包み込む構造を持つ。複数の配位結合が同時に切れなければ錯体は分解しないため、キレート環を5つ持つヘリカル配位子を有する希土類錯体は水中や酸化還元環境でも高い安定性を維持できる。さらに、大きな特徴として、中心となる希土類元素を置き換えても分子全体の骨格がほとんど変化しない点がある。一般に、希土類は元素ごとにイオン半径がわずかに異なるため、配位構造はおよそ軽希土と重希土で異なることが多い。しかし、ヘリカル配位子は複数の希土類元素に対しても同一の配位構造を維持できることから、材料化学だけでなく計算化学においても大きな意義を持つ。従来、希土類錯体は元素ごとに構造が変化するため、統一的なシミュレーションモデルを構築することが難しかった。長谷川教授らはヘリカル配位子を基盤とし、コンフレックス(株)中山尚史博士らと共同で十種類以上の希土類元素に対応する計算パラメータを整備し、実験結果と高い精度で一致する解析手法を確立した。この成果は、希土類材料の設計を経験だけに頼る時代から、計算によって予測できる時代への第一歩となっている。

 

ヘリカル配位子が切り拓く新たな材料設計

ヘリカル配位子の開発は、この分子を基盤とすることで希土類材料の設計指針そのものが大きく広がり、発光材料からエネルギー変換材料まで多様な研究へと展開している。

その一つが、大型放射光施設SPring-8を活用した構造解析である。発光効率は分子構造だけでなく、分子が固体中でどのように並び、わずかに変形するかによっても大きく左右される。しかし、通常のX線解析では、発光中の分子がどのような状態にあるかを詳細に捉えることは難しい。そこで、SPring-8の高輝度放射光を利用し、発光特性と分子構造の関係を詳細に解析している。実験結果と計算化学を組み合わせることで、「なぜ光るのか」「なぜ光らなくなるのか」を原子レベルで理解できるようになり、経験や勘に頼らない材料設計へと近づいている。
 

ヘリカル配位子のイメージ図(研究室資料より引用)

 

ヘリカル配位子の高い安定性は、従来は困難だった環境での発光にもつながった。その代表例がイオン液体である。イオン液体はほとんど蒸発せず、高い導電性を持つことから次世代電解液として注目されているが、金属錯体は分解しやすく安定な発光を維持することが難しかった。ヘリカル配位子はイオン液体中でも希土類イオンを強固に保持できるため、高効率な発光を実現した。更に、畑中美穂教授(慶応義塾大学)の計算科学によりヘリカルな配位子を有する希土類錯体がイオン液体の高い粘性がエネルギー緩和過程での分子のひずみによるロスを抑えて発光効率が溶液中より3倍向上する理由も発見している。イオン液体中でのこのような希土類発光材料と電気化学を融合できる可能性が拓かれたことで、研究はさらに発展していく。

その成果の一つが、電気化学反応を利用して発光色を制御する技術である。通常、発光色を変えるには光源や材料自体を変更する必要がある。しかし、分子構造を電気的に変化させればエネルギー移動の効率も変わり、同じ材料でも発光特性を切り替えられる可能性がある。長谷川教授らは、キムユナ博士(宇都宮大学)らとともに酸化還元反応によって発光強度や発光状態を制御できることを示し、光と電気を組み合わせた新しい機能材料の可能性を広げた。これは将来的に情報表示やセンシング、エネルギーデバイスへの応用も期待される成果である。テルビウム錯体では、分子設計を見直すことで従来比約350倍という飛躍的な発光強度の向上にも成功した。単純に「より明るく光る材料」を目指したのではなく、分子内のエネルギー損失を徹底的に解析し、一つ一つのエネルギー移動を最適化した結果である。

 

電気を使わずに光る、トリボルミネッセンス

近年、新たなテーマとして力を入れているのがトリボルミネッセンス(摩擦発光)の研究である。トリボルミネッセンスとは結晶に圧力や衝撃、摩擦などの機械的刺激を加えた際に光を放つ現象であり、「粘着テープを勢いよく剥がすと光る」といった現象として古くから知られている。一方、その発光メカニズムには未解明な点が多く残されている。一般的な発光は紫外線照射によるフォトルミネッセンスや電気によるエレクトロルミネッセンス、化学反応によるケミルミネッセンスなどがあるが、トリボルミネッセンスは機械的エネルギーのみを利用して発光する点に大きな特徴がある。

長谷川研究室ではこれまで、紫外光励起を駆動力とした有機配位子から希土類イオンへのエネルギー移動やエネルギー緩和の機構を長年研究してきた。その知見を応用することで、機械的刺激による発光過程も同じエネルギー移動の観点から説明できるのではないかと考え、研究を進めてきた。トリボルミネッセンス測定装置は市販されていないため、一定の高さから重りを自由落下させて結晶へ衝撃を与える「Drop Tower System」装置を独自に製作。機械的なエネルギーを重りを落下させる高さで定量的に制御できるようにした。さらに、小型で高精度な高速分光器を光ファイバーで接続することで、発光スペクトルをリアルタイムで測定するシステムを構築した。

 

Drop Tower Systemによるトリボルミネッセンス測定装置(左)と、取得した発光スペクトル(右)
(研究室資料より引用)

 

この結果、ユウロピウムだけでなく、テルビウム、ジスプロシウム、サマリウムなど、さまざまな希土類錯体について、それぞれ固有の発光スペクトルを定量的に取得することに成功した。また、重りの落下高さを変化させることで発光強度も変化し、衝撃エネルギーと発光強度との関係を解析できることを明らかにした。さらに、酸素が発光に及ぼす影響についても検討。装置全体を不活性ガス雰囲気とすることで酸素を除去して測定を行ったが、発光強度に大きな変化は認められなかった。この結果から、発光を支配しているのは酸素による消光ではなく、分子内部で起こるエネルギー移動であることが示された。

これらの結果をもとに、機械刺激発光のエネルギー移動モデルを提案。機械的刺激によって結晶が破壊されると表面で電荷分離が生じるが、希土類イオンが直接励起されるわけではない。まず有機配位子が励起され、そのエネルギーが通常の光励起と同様に希土類イオンへ移動し、最終的に希土類特有の発光として観測される。このことから、トリボルミネッセンスは特殊な発光現象でありながら、その最終的な発光過程は従来から研究してきた希土類錯体のエネルギー移動機構と共通であることを明らかにした。

このように、研究室では光エネルギーだけでなく、力学的エネルギーを光へ変換する仕組みを分子レベルで解明することで、応力や損傷を可視化するセンサーや自ら異常を知らせるスマートマテリアルなどの新たな機能性材料の創製を目指している。光、電気、磁気、さらには力学的エネルギーまでを統一的に扱う研究へと発展しつつあり、エネルギー変換化学の新たな展開として注目されている。

 

長谷川教授は周期表関連の本の収集家でもある。左が1956年出版でディズニーが挿絵の「私たちのともだち 原子」、右が長谷川教授自身が監修した元素の絵本「原子と分子ずかん」

 

後編へ続く

 

(IRuniverse Midori Fushimi)

Midori Fushimi

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