――半世紀付き合って見えてきた「真面目な会社」の現在地
私が三井金属と商売上の付き合いを始めたのは1973年頃だから、もう半世紀を超える。なかでも1980年代から2020年代までの約40年間は、私のレアメタル人生と三井金属の変遷がほとんど重なっている。
亜鉛、鉛、銅、貴金属、レアメタル、そして機能材料。相場が暴騰した時も暴落した時も、私は商社マンとして、また独立してからは経営者として、三井金属の人々と付き合ってきた。
だから今回は少々勝手なことを書かせてもらう。
私は三井金属が好きである。
好きだからこそ、その「光」だけではなく「影」も書いておきたい。
三井金属という「真面目な会社」
三井金属を一言で表現せよと言われれば、私は「真面目な会社」と答える。
技術者は優秀で、現場は強い。付き合ってみると魅力的な人間が実に多い。私自身、仕事を離れてからも付き合いの続いている友人が何人もいる。退職したOBにも会社への愛情が強く、仲間同士の結束もある。
これは企業にとって数字に表れない大きな資産だ。
一方で、長年付き合っていると「もう少し大胆にやればいいのに」と感じることも少なくなかった。
歴史的に見れば三井金属の本籍地は非鉄製錬である。とりわけ亜鉛の存在感が大きかった。銅なら住友金属鉱山、総合非鉄なら三菱マテリアル、といった業界の色分けのなかで、「三井金属といえば亜鉛」という印象を私は長く持っていた。
しかし製錬は巨大な設備を必要とする割に、市況、為替、エネルギー価格、原料条件に利益を左右される。現場が汗を流して合理化しても、LME相場が一晩動けば努力が吹き飛んでしまうことさえある。
これが非鉄製錬会社の宿命である。
「公害の会社」から環境技術の会社へ
もう一つ、三井金属の歴史から切り離せないのが神岡と神通川である。
イタイイタイ病という重い歴史を、日本の鉱山・製錬業界は忘れてはならない。三井金属にとってもこれは消すことのできない「影」である。
しかし私は、過去の責任を記憶することと、現在の会社を過去だけで評価することは別だと思う。
長い年月を経て、環境管理、排水処理、鉱山跡地対策、GHG削減、生物多様性などは経営そのものに組み込まれるようになった。現在の統合報告書でも環境、鉱山、サプライチェーン、人権までを経営課題として扱っている。
皮肉なことだが、公害という重い歴史を経験した会社だからこそ、21世紀の資源循環・環境技術企業へ転換する責任も、資格もあると私は思っている。
技術は変わった。会社は変われるか
私が長年感じてきた三井金属の弱点は、技術が悪いことではない。
むしろ逆である。
技術はいい。それを会社全体の物語にするのがあまり上手ではなかった。
非鉄の本流と機能材料の新しい技術者たちとの間には、昔からどこか温度差があったように私には見えた。売上高の大きな製錬が本流で、規模は小さくても利益率の高い機能材料は傍流――そんな時代が長かった。
ところが、ここがいま劇的に変わりつつある。
2026年3月期の実績は、売上高7,585億円。2027年3月期の会社計画では売上高8,300億円、営業利益910億円、経常利益930億円、純利益750億円としてスタートした。機能材料の売上高は3,790億円、経常利益670億円を見込み、金属部門の経常利益375億円を大きく上回る計画だった。
つまり、もはや機能材料は「傍流」ではない。
利益から見れば、むしろ新しい本流なのである。
さらに2027年3月期第1四半期の経常利益は前年同期比約2.3倍の234億円となり、会社は通期経常利益予想を930億円から1,000億円へ上方修正した。第1四半期の売上営業利益率も前年同期の6.8%から10.4%へ改善している。
ここには私が40年前に知っていた三井金属とは違う姿が見える。
AI革命が三井金属を変える
その象徴が銅箔である。
VSP™とMicroThin™。
とりわけMicroThinは半導体パッケージ基板、データセンター、メモリー、光モジュールなどへ用途が広がっている。会社は2028年度中に月産600万平方メートル、2030年度中に800万平方メートルまで能力を増強する方針で、投資額は約300億円を想定している。
VSPも面白い。AIサーバー、ルーター、スイッチなど高速通信インフラで需要が増え、会社は2031年以降も見据えてマレーシアで追加能力を準備している。MicroThinと合わせれば、三井金属はもはや単なる亜鉛製錬会社ではない。
AI革命というと、世間はGPUや半導体ばかりを見る。
しかしAIは物理である。
電力がいる。銅がいる。データセンターがいる。高速通信がいる。そして信号を高速で正確に運ぶ高度な材料がいる。
その意味では、三井金属は本来、AI革命のど真ん中にいてもおかしくない会社なのである。
ところが株式市場から見ると「中途半端」
ここからが三井金属の「影」である。
資源株として見るなら住友金属鉱山が分かりやすい。
AI・半導体材料ならJX金属の物語が分かりやすい。
総合非鉄なら三菱マテリアルという見方もできる。
では三井金属は何屋なのか。
亜鉛屋なのか。銅屋なのか。製錬会社なのか。電子材料会社なのか。AI材料会社なのか。
実は全部持っている。
ところが株式市場では、強みが多すぎる会社は、時として強みが見えない会社になる。
ここが三井金属の悩ましいところである。
私は昔から、この会社には優秀な技術者が多いのに、経営の革新が技術の革新に追いつかない時期があったと感じてきた。経営トップが替わるたびに改革の色が変わり、人事、労務、技術、製錬という社内の論理が、時に会社全体の方向性より前に出るように見える時代もあった。
しかし、これも変化の兆しがある。
現在の「25中計」はROIC Spreadによる事業評価、事業ポートフォリオの動的管理、選択と集中を掲げ、高付加価値銅箔や新規事業へ資本を振り向ける方針を明確にしている。三井金属アクトも売却した。さらに2026年9月にはCxO体制の導入まで発表している。
これは私の知っている昔の三井金属からすると、かなり大きな変化である。
1株を10株へ――これは単なる株式分割ではない
そして2026年10月1日、三井金属は普通株式1株を10株に分割する。基準日は9月30日である。
株式分割そのものが企業価値を増やすわけではない。
しかし投資単位が10分の1になれば、これまで三井金属を買いにくかった若い個人投資家にも門戸が開く。
私はこれを単なる株価の桁直しではなく、古い三井金属から新しい三井金属へ向かう象徴の一つとして見ている。
もっとも、市場はそんなに甘くない。
分割しただけでは評価されない。
MicroThinやVSPへの投資が利益を生み、ROICが上がり、金属市況に左右されにくい利益構造へ変わり、それを経営者が投資家に分かりやすく説明して初めて、「三井金属は変わった」と市場は認める。
三井金属の光と影
私は現在も三井金属の個人株主である。かなりの株数を保有しているから、もちろん株価が上がってほしい(笑)。
しかし、それだけでこの会社を見ているわけではない。
1973年以来、半世紀近く三井金属を見てきた者として、この会社には日本の産業界に対する責務があると思っている。
鉱山と製錬の歴史を知っている。
公害の痛みを知っている。
資源ナショナリズムも知っている。
非鉄市況の恐ろしさも知っている。
そして今、高機能材料という新しい武器を持った。
これほどAI時代に面白い素材企業は、本来そう多くない。
三井金属の最大の「影」は、良いものを持ちながら、それを企業価値へ変換するのに時間がかかることだった。
しかし最大の「光」もまたそこにある。
真面目な人材、現場力、百年単位で蓄積した冶金技術、そしてMicroThinやVSPに代表される最先端材料。それらがようやく一本の線につながろうとしている。
私は40年以上この会社を見てきた。
だから、もう少し付き合ってみたい。
「技術は先に変わった。会社は今、変わろうとしている。そして最後に変わるのは市場の評価である。」
三井金属の本当の勝負は、案外これからなのかもしれない。