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阪神金属興業 夏山会長逝去 追悼記

ステンレススクラップリサイクルを主業として産廃処理まで幅広く業を展開している阪神金属興業株式会社(本社:大阪府高槻市 川本泰行社長)の創業者であった夏山春夫会長が4月15日、逝去した。享年68歳。スクラップリサイクル業界でいえばまだまだ、という歳ではあるが、これまでに幾度かの大手術を経験し、死の淵を2度、3度渡ったことからすると大往生、といえるのではないだろうか。

通夜は4月17日(日)18時30分~

葬儀・告別式は4月18日(月)11時~

式場はセレモール花廣(茨木市東宮町7番6号 TEL072-625-1144)

喪主は夏山会長のご子息である夏山聖悟氏、葬儀委員長は阪神金属社長の川本泰行氏

 

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阪神金属は昭和63年に夏山春夫氏が個人商店として創業。業界では遅咲きである。

しかしながら持前のバイタリティーと情熱で関西のステンレススクラップ業界で頭角を現し、最盛期には月間5000トンの扱い量となり国内屈指のディーラーにまで成長。

もともとは住友金属との関係が深く、私(筆者)も旧住金和歌山向け、山陽特殊向けをメインの向け先として阪神金属がめきめき集荷量を増やし、業界の風雲児的に出てきたころに知り合った。20年前のことである。

夏山春夫社長(当時)は48歳。まさに脂ののった仕事ぶりで強力な営業力とバイイングパワーで年々阪神金属の存在感が高まり、扱い量も増えていった頃である。後発で伸びていたため、業界内からは嫌われる面もあったと思う。出る杭は打たれるのが世の常。しかしそれをものともせずに前進前進また前進の昭和の24時間戦えますか?を地でいく仕事ぶり、遊びぶりを懐かしく思い出す。

 

そんな夏山社長も50代半ばに脳梗塞を発症、それが2回ほど続き、さらに60歳過ぎて心臓バイパスの大手術を行い、その大手術を経験したあとでも「おれは人造人間だから不死身」と人懐こい笑顔で焼酎を飲みつつ、煙草もくゆらせていたことを昨日のように思い出す。。よく茨木駅近くの辛い焼き肉店に連れていっていただいたことも思い出す。。赤身が大好きだった。

 

夏山会長は文字通りの仕事人間だった。昭和のモーレツ世代では当たり前のように、とにかくよく仕事をし、よく遊ぶ。それがもしかすると蓄積されて病に冒されたのかもしれないが、おそらくそれでも本人は納得していた。はず。毎日を楽しく仕事し、従業員がお客さんが幸せであることをモットーとしていた。厳しい時代もあったからこそ特に従業員のことは考えていたように思う。だからこそ当たり前に儲けなければならない!ということを常々、やや興奮気味に語っていた。この夏山イズムが阪神金属の原動力だった。

 

川本社長によると、今年の1月20日まで毎日出勤し、午前中までは必ず会社におり、現場の若手と昼食に出かけたりしていたという。この1月20日が最後だった。それ以降に体調が悪化。2月からは苦しい闘病生活が続き、4月15日に永眠、となった。走り切ったのではないだろうか。合掌。

 

(在りし日の夏山春夫会長 2020年10月7日 阪神金属本社にて)

 

 

(IRUNIVERSE YujiTanamachi)

 

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