ニカラグアにロシア軍 本格展開に向けた布石か 波紋広げる女性ジャーナリストの発言
以前、このコラムでロシア軍のラテンアメリカへの本格展開の可能性について記したが、その懸念が現実味を帯びてきた。中米ニカラグアが、外国軍の部隊や軍用機、軍用船舶を国内に入れることを可能にする法令を制定した。ニカラグアとロシアとの事実上の軍事協定とも言われ、ウクライナを巡る米ロの対立がラテンアメリカに飛び火する可能性が高まった。
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法令は「大統領令10‐2022」で、6月7日にニカラグアのオルテガ大統領が署名し、官報で公表された。ロシアと米国、メキシコ、キューバ、ベネズエラ、ホンジュラス、グアテマラなど9カ国の軍の部隊や軍用機などが人道支援や災害救助、組織犯罪対策などの目的でニカラグア領内に留まることを認める内容だ。
反米国家のニカラグアが米軍に支援を要請する訳がなく、AP通信など西側メディアはロシア軍のニカラグア駐留にお墨付きを与える法令だと伝えた。ニカラグアでは2007年以降、半年に1度程度の間隔で、同様の法令が制定されており、「法令の更新」と理解するのが正確かもしれない。しかし、ロシアによるウクライナに侵攻で、ニカラグアとロシアとの軍事的なつながりが注目される中での動きだけに、西側諸国の懸念材料として大きく浮上した。
これを受けてニカラグア国会(一院制)は14日、230人のロシア兵が7月1日から12月31日までニカラグアに滞在することを認めた。犯罪組織による麻薬密売を阻止することを目的に、太平洋などでニカラグア軍とともにパトロールに当たるとされている。
また、ロシア軍の軍事アドバイザー80人が招待され、ニカラグア軍の特殊部隊と演習に臨む。さらに、これとは別に50人のロシア兵がニカラグア海軍、空軍などと密輸捜査などを想定したコミュニケーション分野での訓練などを行うという。
ニカラグア国会は、一連の活動に使用されるロシア軍の船舶や航空機がニカラグア領内に入ることも了承した。
同時に、人道支援でニカラグア軍と共同任務にあたる場合について米国などの軍人がニカラグア領内に入ることも認めた。ロシアだけを特別扱いしている訳ではないとの体裁を整えるためで、大統領令がロシアとの事実上の軍事協定だという西側からの批判をかわす狙いがある。
ロシアメディアは、オルテガ大統領が大統領令に署名して以降、ニカラグアとの関係強化を大々的に歓迎する報道をした。
ロシア外務省も今回の動きを認めた。しかし、西側の批判を意識してか、ロシア外務省の報道官はロシアメディアのインタビューに「ロシアとニカラグアは、人道支援や緊急対応、組織犯罪や麻薬密売組織との戦いなど、様々な分野での協力を発展させるために、外国の軍人が一時的にニカラグアの領土に入るための法令について、1年に2度、協議している。」と説明し、通常の手続きであると強調した。
「米国の裏庭」と言われる中米にロシア軍が本格配備されるとなれば、ウクライナを巡る米ロの対立は、別の次元を迎えることになる。米国本土の安全保障に直接的な脅威となり、西半球で軍事的緊張が生まれるからだ。
クレムリンはロシア軍をニカラグアに展開することを、どこまで本気で考えているのか。また、ミサイルの配備はありえるのか。西側のロシア専門家らは「温度感」を探っているが、1人のロシア人女性ジャーナリストの発言が専門家らに衝撃を与えた。
「プーチンテレビの鉄人形」と呼ばれる親ロシア政府派の人気ジャーナリスト、オリガ・スカベーエワ氏(37)は、ロシア国営テレビ、ロシア・ワンの政治討論番組「60分」の司会兼キャスターを務めている。スカベーエワ氏は放送で、ニカラグアの法令について次のように述べた。
「米国のミサイルシステムが、ウクライナからモスクワにミサイルを到達させるというならば、ロシアにとっては、米国の都市の近くに強力な物を本格配備する時が来たということだ」
米国によるウクライナへの多額の軍事支援は、ロシア本土の安全保障に脅威となっていると指摘した上で、報復措置として、米国の足元にロシア軍を展開し、米国本土を狙えるミサイルなどを配備するべきだ、と主張したのだ。
西側のロシア専門家は、スカベーエワ氏をただのジャーナリストとは見ていない。「プーチン政権の伝道者」として発言をチェックしている。スカベーエワ氏の発言はロシア政府の
「観測気球」であり、ロシア政府はスカベーエワ氏に発言させ、世論や海外の反応をみて、政策決定に利用しているとの見方も強い。
プーチン大統領の次の一手を知るためには、政府要人の発言よりも、スカベーエワ氏の発言の方が、重要な情報源になるとも言われるほどだ。
スカベーエワ氏への「評価」を考えると、ロシア軍のニカラグアへの本格展開やミサイル配備の現実性は低いとは言えないことになる。
ロシアの宇宙開発機関であるロスコスモスは、米国のGPS(全地球測位システム)に対抗するためにロシアが立ち上げた衛星測位システム「グロナス」を運営する人工衛星基地局をニカラグア南部のネハパに設置して、日々の観測などを行っている。このシステムは軍事利用もされており、米国に対抗するための諜報活動にも活用されているという。
ニカラグアは米国本土の安全保障を脅かす震源地になるかもしれない。
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Taro Yanaka
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専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。
趣味は世界を車で走ること。
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