Americas Weekly22「女性大統領誕生」もトリプル安の洗礼 産油国メキシコの財政リスクはぺメックス
メキシコは世界11番目の産油国だ。そのメキシコに初の女性大統領が誕生する。地球温暖化防止に取り組む学者だ。6月2日の大統領選で当選を確実にするとマーケットは大荒れとなった。財政悪化の懸念などから、メキシコ市場は為替と株式、債券がすべて下落する「トリプル安」となった。米金融大手のモルガン・スタンレーはメキシコ株の投資判断を引き下げた。
メキシコ大統領選で約60%の得票率を獲得し、「地滑り的大勝」を果たしたクラウディア・シェインバウム氏(61)は前メキシコシティ市長だ。環境工学が専門の物理学者であり、地球温暖化防止のための研究がライフワークだ。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2007年にノーベル平和賞を受賞した際のメンバーだった。
10月に大統領に就任する予定で、メキシコで初の女性大統領というだけでなく、北米初の女性指導者となる。
シェインバウム氏を政治の世界に導いたのは、左派の現職、ロペスオブラドール大統領だ。メキシコ大統領の任期は6年で再選は認められていない。シェインバウム氏はロペスオブラドール大統領の後継だ。選挙戦ではロペスオブラドール大統領をほめちぎる発言を連発していた。
年金の増額や最低賃金の引き上げなどを公約に掲げ、貧困層の生活向上を訴えた。ロペスオブラドール大統領がこだわる国営企業を優遇する政策を引き継ぐだろうとの見方がマーケットに広がった。メキシコの厳しい財政事情を、新大統領がさらに悪化させるだろうとの懸念が一気に膨らんだ。
同時に行われた上下両院選でも、ロペスオブラドール大統領が率いる与党、国家再生運動(MORENA)が大勝し、マーケットの不安を増幅させた。
このため選挙翌日、6月3日のメキシコ市場は「トリプル安」の展開となった。
メキシコペソとメキシコ株の指標であるボルサ指数は約6%下落した。メキシコ株で構成する上場投資信託(ETF)は2桁の下落が相次いだ。新型コロナウイルスの感染拡大で、世界の投資家がメキシコなどの新興国株を投げ売りした4年前と同程度の損失となった。
翌日の6月4日もマーケットの動揺は収まらなかった。メキシコペソはさらに下落し、一時1ドル=18ペソ台まで、ドル高ペソ安が進んだ。メキシコペソは昨年から対ドルでは高値圏で推移していた。4月は1ドル=16ペソ台だったことを考えると、選挙後わずか2日間でのペソの大幅下落は、マーケットにとっても、国民にとっても衝撃的なことだ。
米金融大手のモルガン・スタンレーは、メキシコ株について、これまでのポジティブな見方を撤回し、投資判断を「オーバーウエート」から「イコールウエート」に引き下げた。ニコライ・リップマン氏が率いるストラテジストたちが投資家に送ったリポートには「メキシコはかつてない状況にあり、私たちは主要な政策について様子見している」と記されている。
シェインバウム氏は2018年にメキシコシティの市長に就任すると、市内の公共バスの電動化に着手した。主要な卸売市場の大型屋根に太陽光発電装置を設置した。また、自転車レーンを拡充し、温室効果ガスの排出削減に力を入れた。
大統領選でも再生エネルギーのインフラ拡大を重要課題として掲げた。新エネルギー発電プロジェクトとして135億7000万ドルの投資を行う構想を明らかにし、風力、太陽光エネルギーの拡大を約束した。そのために、国営石油会社ペトロレオス・メキシカーノス(ぺメックス)にも再生エネルギー普及の役割を担わせるという。
そのぺメックスは「世界で最も負債を抱えたエネルギー会社」といわれ、経営は「火の車」だ。「このままでは企業としての存続が危うい」とみる米国の専門家は少なくない。
ロペスオブラドール大統領の国営企業優遇政策で、ぺメックスは国の管理下で守られてきた。シェインバウム氏もぺメックスを引き続き支援する方針で、脱炭素に向けた新エネルギーの拡大と温室効果ガスの大量排出会社の保護という正反対の路線を同時に進めることとなる。
かつて石油産業はメキシコ政府にとってのドル箱だった。一時は政府歳入の44%以上が石油によるものだった。しかし現在、ぺメックスは1010億ドルを超える負債を抱え、減税と公的資金の注入がなければ債務の履行さえ難しい。
大統領選後のマーケットの混乱はシェインバウム氏の「ばらまき政策」に対する痛烈な批判だが、ぺメックス支援は新政権の最大の財政リスクとなりそうだ。
関連記事:インドとメキシコ、総選挙後に通貨安 現状路線も足場弱く、豊富な資源や可能性に期待
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Taro Yanaka
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