サントリーホールディングの会長にして、経済同友会の代表幹事だった新浪某氏が薬物疑惑で家宅捜索を受けたことから、それらの職を辞し表舞台から去りました。
マスコミは「日本には珍しい『プロ経営者』を失った」と評しました。『プロ経営者』・・・? 筆者にはピンときません。
複数の会社を渡り歩き、それぞれの会社で抜群の業績を挙げた人物を「プロ経営者」というのだそうですが、どうにも分かりません。弱小球団だったヤクルトを優勝させ、さらに西武に移ると、こちらも優勝・日本一に導いた常勝監督、優勝請負人と言われた野球人がいました。そういう人は確かにプロ監督ですが、一般企業の経営者はちょっと違います。
筆者が考える経営者とは、その業界の現場で修業を積み、多くを学んだ後に、その経験を活かす形で組織のリーダーになった人です。全く違う業界に飛び込んですぐに役に立つ知識やノウハウなど、一体何ほどのものなのか?と思います。
違う会社、違う業界でも共通する知識・ノウハウ・技術というものは確かにあります。ビジネススクールで学ぶ経営学もその一種ですし、筆者が卒業した大学には管理工学科という経営者のためのような学問もありました。ちなみにその大学には経済学部と商学部もありましたが、これは経営者のための学問とは少し違うようでした。
しかし、それは認めても、全く違う業界に飛び込んで短期間に売上高を2倍、3倍にするなど、普通の製造業では考えにくいのです。そこでよく調べてみれば、いわゆる『プロ経営者』が用いるのはM&Aの手法で企業規模を拡大しているのです。
なあんだ、工場を建設して、まじめに生産規模を大きくし販路を拡大するという、本来の製造業の成長方法ではなく、安直な方法を取っていたのです。無論、M&Aを貶すことはできません。平和的な買収であれ、敵対的なTOBであれ、そこには虚々実々の駆け引きが必要ですし、精密なデューデリジェンス、相手の暖簾代をどう評価するか、買収される側の経営者の処遇をどうするか・・・など、難しい仕事は数多くあり、優秀な人でないとできない仕事ではあります。しかし、やはり現場でヘルメットを被り、汗を流しながらモノ作りをするのが、製造業の本質であると考える昭和人の筆者にはしっくりとこないところがあります。
口先だけで仕事をして、相手の会社を買収して、企業規模が拡大したのは自分の功績・・・とするのはどうなのかなぁ?
製鉄業界について考えてみます。世界的にM&Aが活発になったのは1980年代です。既に先進国の鋼材需要は頭打ちになっており、世界に製鉄会社は多すぎました。高炉も多すぎ生産過剰をどう防ぐかがポイントでした。その中で会社の規模を拡大するにはM&Aしかありません。それにいち早く気付いたのがラクシュミ・ミッタル氏で彼が築いた製鉄会社の最終形がアルセロール・ミッタルです。筆者はあの誇り高いアルセロールの経営陣が、簡単にインド人に会社を手渡すだろうか?といぶかしく思ったのですが、フランス人経営者達は短期間の内に姿を消しました。恐らくは法外な報酬と引き換えに席を譲ったのだと思います。
それから30年後に、同じ手法で日本製鉄の橋本氏はUSスチールを手中にしましたが、こちらはアルセロール・ミッタルほど簡単ではないようです。しかし、ミッタル氏も橋本氏も生粋の鉄鋼マンであり、自分の土地勘のある世界で規模を拡大しています。
いわゆる『プロ経営者』は、違う業界にいっても規模や売上の拡大に成功する人達です。例えば日産にいたカルロス・ゴーンは元々タイヤ業界のセールスマンで、ルノーに入るまで自動車の専門家ではありませんでした。生粋の自動車野郎しか社長にしないトヨタやホンダとは全く違います。
では素人の『プロ経営者』にできることは?と言えば、大胆なリストラとコストカットです。納入業者を競わせ、残ったところには数量をまとめる代わりに値を下げろ・・という、これもビジネススクールの教科書に出てきそうな手法ですが、自動車の専門家でなくてもできることです。それで一度は息を吹き返した日産ですが、結局その後どうなったか・・・。
「棺を蓋って評価が定まる」と言いますが、レバノンにゴーンが逃亡した後、今になって振り返れば、ゴーンの経営は、日産社員とそして日産の周辺にいた人達を不幸にしただけではなかったかと思います。実はかく言う筆者もとばっちりを受けた一人ですが・・・。日産はゴーン以降も『プロ経営者』が好きらしく、商社出身の人物を社長に据えたり、いろいろ試みています。『プロ経営者』が残り『自動車のプロ』が追放される自動車メーカーです。どうでもいいけれど、売却される本社で開かれる会議では、今でも日本人しか出席しなくても英語で話しているのですかねぇ?
「売り家と 英語でつづる プロ社長」
話を元へ戻します。ある業界で手柄を上げた経営者がその手腕を買われて、別の業界に行って成功するか?は、ケースバイケースです。
かつて製鉄会社で実績を挙げた人が、東電に行って原発事故の後始末をしたり、NHKの会長になりましたが、そこで彼が何をしたか?と問われると、答えに窮します。違う業界はやはり勝手が違うのです。前職で成功した人ほど、その手法や成功体験に拘りますから失敗する可能性が高いと、筆者は考えます。失敗を恐れれば「借りてきた猫」に徹し、おとなしく飾り物になるしかありません。数土さんがそうだとは言いませんが。
いや、それどころか、同じ金属業界ですら、鉄と非鉄では全く世界が違います。製鉄会社で活躍した人が銅の世界に行って失敗した例を知っています。同じように鉄の世界の人がアルミやチタンの事業の経営で失敗しています。ステンレスですら鉄とは違う世界なのです。同じ金属業界だから土地勘があると甘く考えない方がいいです。
筆者は、お陰様でこれまで、多くの業界を経験したり見る機会を得ましたが、どの業界にも奥深いものがあり、素人には伺い知れない何かがありました。その業界で長く仕事をして、その何かを熟知した経営者が営む会社は順調でした。それに比べ、別の業界からスカウトされた経営者が営む会社は、彼が頑張ろうとするほど、一種の危うさを感じました。私が複数の業界を渡り歩く『プロ経営者』を胡散臭く思う理由はそこです。
敢えて読者諸兄に借問します。
この道一筋で、叩き上げでトップになる経営者と、経営ノウハウを身に着けて、幾つもの業界や会社を渡り歩く経営者、はたして人生どちらが王道か?
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久世寿(Que sais-je)
茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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