爆竹が鳴り響く国境の朝
1978年の春、第50回広州交易会。
その年の中国はまだ文化大革命の煤煙を払いきれず、街には紅衛兵の残像が色濃く漂っていた。
私は香港から深圳・羅湖を越え、初めて「中華人民共和国」の門をくぐった。
羅湖の橋は、わずか数メートルの国境線である。
だが、その一歩が私の人生を変えた。
橋のこちら側にはネオンと英語が溢れ、向こう側には人民服と赤い旗が翻っていた。
線路沿いに並ぶ木造の詰所からは拡声器の声が響く。
「同志たちよ、外国人に笑顔を!」
だが、検問所の目は冷たく、街全体がまだ政治の緊張に縛られていた。
国境を抜けた途端、埃っぽい風が頬を打つ。
舗装されぬ道、錆びたトラック、裸足で荷を運ぶ若者たち。
その中に、赤い腕章を巻いた元紅衛兵の少年がいた。
彼は荷台の上から、我々外国人バイヤーの革靴を羨ましそうに見つめていた。
――革命の理想の果てに、貧困の現実があった。
だが、その瞳には光があった。
未来を見つめる“原石”の輝きである。
私はその瞬間、直感した。
**「この国は、いつか必ず立ち上がる」**と。
交易会の開幕――ドンドン!パチパチ!ピョンピョン!
広州交易会の開幕を告げるのは、銃声のような爆竹の轟きであった。
「ドンドン!」「パチパチ!」「ピョンピョン!」――
火薬の煙が空を覆い、太鼓が鳴り響く。
まるで大地が再生の産声を上げているようだった。
当時、外貨を稼ぐ中国の“看板商品”は三つの奇妙な貿易品目であった。
それが「花火(ドンドン)」「甘栗(パチパチ)」「ウサギ肉(ピョンピョン)」である。
誰が名付けたのかは知らないが、外国商人の間ではこの三つを総称して「ドンドン・パチパチ・ピョンピョン」と呼んでいた。主に左翼系の政治バイヤーへの配慮輸出品であった。
花火は戦後の貧困を吹き飛ばす夢の象徴。
甘栗は焼け跡の市場で庶民が求めた甘い希望。
ウサギ肉は栄養失調の時代に残された数少ないタンパク源。
それぞれが“生き延びるための商品”であり、中国経済復活の象徴であった。
私は爆竹の煙の中で思った。
この取引の喧噪こそ、時代の鼓動だ。
交易会の現場――政治と商売のせめぎ合い
第50回交易会の会場は、かつて軍事博覧会として使われていた古い建物である。
壁には毛沢東語録が貼られ、壇上には「中外友好万歳」の垂れ幕。
だが、商談テーブルの下では、人民元とドルの数字が静かに火花を散らしていた。
商談相手は対外貿易公司のエリート担当者たち。
一見、素朴で無口だが、彼らの奥にはしたたかな知恵が光っていた。
「我々の製品は、まだ粗末だ。しかし、将来は世界一になる。」
その口ぶりには、革命の余韻よりも商人の野心が勝っていた。
外では、裸足の少年が爆竹の殻を拾い集めていた。
彼らは貧しいが、どこか誇らしげであった。
その姿が、のちに「世界の工場」と呼ばれる国の原点である。
香料と薬草の香りの中で――異文化の商戦
私が最初に扱ったのは、レアメタルではなかった。
香料の原料、コットンリンター、生薬、漢方。
いずれも中国が誇る“知恵と香りの産物”であった。
会場の一角では、桂皮と八角の香りが漂い、向かいではラベンダー油の瓶が光る。
商談は英語と電卓の戦いであった。
ノートには為替レートと運賃がびっしりと書き込まれ、計算機の音が小気味よく鳴る。
中国側の担当者は人民服のポケットから古びた筆記具を取り出し、紙に漢数字で「一万」「五千」と書く。
その筆圧の強さに、商売への執念が滲んでいた。
私はその交渉の最中に悟った。
「文化の違いは障壁ではなく、商売の醍醐味である」と。
コットンリンターの修羅場――胃薬を飲んだ夜
旭化成の飯島部長に随行し、中国土産公司との交渉に臨んだ。
商品はコットンリンター――ベンベルグレーヨンの原料である。
1トンあたり数ドルの価格差が、契約総額を数億円単位で動かす。
飯島部長は“鬼の交渉人”として知られ、私は通訳の横でひたすらノートを取る。
相手の沈黙、ため息、視線の動き――そのすべてが心理戦だった。
胃が痛むほどの緊張の中、私は若さの全てを投じた。
夜、取引がまとまった瞬間、飯島部長は無言でタバコを差し出した。
「よくやったな」
その一言に、胸が熱くなった。
あの夜、広州の闇に太鼓の音が響いた。
その音は、恐怖ではなく達成のリズムに聞こえた。
交易会という学校――逃げないことが胆力を鍛える
広州交易会は春と秋、年に二度行われる。
商社マンにとって、それはまさに「試験場」であり「修羅場」であった。
前夜に資料を作り、早朝からアポを取り、夜はレポート作成と反省会。
一瞬たりとも気を抜けない日々である。
だが、恐怖と緊張の先に、商人としての真髄があった。
交渉の場で逃げたら終わり。
逃げないこと、立ち向かうこと、それこそが胆力の源泉である。
私はそこで、のちのレアメタル取引に通じる“交渉の血”を得た。
それは、学歴や英語力ではなく、“人間の匂い”を嗅ぎ取る嗅覚である。
爆竹の余韻――時代の始まりを嗅ぎ取った日
それから25年、私は第100回広州交易会まで通い続けた。
街は変わり、人民服はスーツに、裸足の少年は工場長になった。
かつて爆竹を拾っていた少年たちが、いまや世界市場を動かしている。
あの春の爆竹――「ドンドン」は勇気の音、「パチパチ」は希望の火花、「ピョンピョン」は未来への跳躍。
それは単なる商品名ではなく、中国が立ち上がる象徴であった。
私はその轟音の中で、確かに時代の胎動を聞いた。
国境を越えるとは、単に地図を渡ることではない。
人の心の境界を越えることなのだ。
――爆竹の煙に包まれながら、私は嗅ぎ取った。
この国は、必ず世界を動かす国になる。
そしてその最初の取引の火薬の匂いこそ、
山師としての私の“最初の採掘体験”であった。
(IRUNIVERSE teamRAREMETAL 監修 レアメタル アルケミスト)