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元鉄鋼マンのつぶやき#157  赤レンガ白レンガ (RefractoryとFire Bricks)三人ジェラール

2026/02/19 09:17
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元鉄鋼マンのつぶやき#157  赤レンガ白レンガ (RefractoryとFire Bricks)三人ジェラール

 私事で恐縮ですが、製鉄所に勤務した頃、タタラ製鉄のミニチュアを作って玉鋼(たまはがね)を作る実験をしていました。これは「平成の大直刀」という大振りの刀を作り、鹿島神宮に奉納するためでした。しかしタタラ炉は昔と同じではなく、ロー石レンガ(シャモットレンガ)で組み立てました。本当は昔と同じ材料で炉を作りたいところですが、8世紀の頃、日本でどのような耐火物が使われていたのか、実はよくわからないのです。炉の遺跡には金クソと言われる鉱滓は残っていますが、耐火物は残っていないようです。炉に使う耐火物が分かれば、何度くらいの温度で精錬していたかが分かり、好都合なのですが・・。

 日本の近代製鉄は19世紀に始まりました。江戸時代の後期、各藩は西洋式の鋼鉄を入手すべく反射炉を構築しました。伊豆、佐賀藩、薩摩藩、水戸藩、萩藩、鳥取藩、島原藩などです。近代的な大砲が無ければ、西欧列強に勝てないと理解したからです。反射炉は、高炉と違い、燃焼室と精錬をする部屋が分かれた構造で、コークスを燃やしながら同じ空間で鉄鉱石を溶かし還元する高炉とは異なります。乱暴な例えですが、エンジンで例えると、反射炉は外燃機関、高炉は内燃機関というところでしょうか? まだコークスを入手できなかった時代、反射炉は鉄鋼の製造に不可欠でした。燃料には石油に浸した木炭などを用いています。

 ちなみに、今でも銅の精錬などに反射炉は用いられています。反射炉であれ高炉であれ、ポイントになるのは耐火物の性能です。高温に耐え、溶損しない耐火物が入手できるかが重要です。水戸藩の那珂湊反射炉は、国産の耐火物を使用していますが、初期の反射炉では輸入耐火物を用いていたと推測されます。

 以前の拙文で、転炉に塩基性耐火物を使用できるようになったことで、高リンのミネット鉱が製鉄原料になり、ヨーロッパの鉄鋼生産が飛躍的に増えたことに触れましたが、製鉄技術と耐火物技術は裏表の関係にあり、互いの進歩が相互に影響し産業の発展につながりました。

 日本の近代製鉄は輸入耐火物の導入と、耐火物技術の習得から始まったのです。ここまでが、製鉄用耐火物(Refractory)の話です。色で分ければ白レンガの世界の話です。

 一方で、赤レンガも存在しました。こちらは白レンガより低温で焼成され、性能も低いのですが、建築資材として多用されました。つまり(Red bricks)です。そしてこちらも、明治の初期には輸入され、そしてまもなく国産化に成功し国産品に置き換わっていきました。

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 話は脱線しますが、先日横浜でミュージカル「三人ジェラール」を観てきました。これは明治の初めに、横浜で西洋瓦の製造や赤レンガの製造、飲料水の販売を行ったフランス人ジェラールの逸話に想を得て作られたミュージカルです。このジェラールの存在については元横浜市長の飛鳥田一雄氏がエッセイ『素人談義三人ジェラール』で書いています。横浜市の歴史を語る上で重要な人物のようです。さらに脱線しますが、筆者は縁あって飛鳥田氏を知っています。彼は、外国のためでなく日本の庶民のために活動した、真っ当な頃の日本社会党の最後の党首でした。それはともかく、ジェラールは日本に赤レンガを導入した最初の人物の一人です。ちなみに明治期に存在した横須賀製鉄所にジェラールという技術者がいたそうですが、これは別人であると判明しているそうです。なるほど白レンガと赤レンガでは人物も別なのです。

 赤レンガは陸上の構造物や建築に多用され、日本の近代化・西洋化の象徴のように扱われました。横浜港にも赤レンガ倉庫がありますし、筆者の故郷の金沢では旧制四高の校舎や石川県立歴史博物館が赤レンガの建築物として評価されています。赤レンガ建築で重文になっている建物は全国に相当数あると思われます。

 個人的に日本の赤レンガ建築の最高峰は、辰野金吾設計の東京駅丸の内側の駅舎建築だと思います。第二次大戦で被災した後、長間応急修理で済ませていましたが、平成の時代に元の形に復旧しています。特に注目するのは、中央入り口のレンガの階段で、カラ目地で極めて精密に敷かれています。ちなみにモルタルの目地を用いないのがカラ目地で、築炉に用いられます。製鉄用のカラ目地の技術をモルタル目地が普通の建築に用いるあたり、レンガ積職人の心意気を感じます。

そのように日本では高く評価される赤レンガですが、外国ではそうでもない様です。英国では”Red Bricks“には、やや嘲笑の意味が入っています。

 英国は、日本に比べて大学数が少ないのですが、19世紀以降にかなり増えています。その中で11世紀にできたとされる、オックスフォード大学とケンブリッジ大学は、超名門大学として君臨します。両方合せて“Oxbridge”と言われ、一流大学の代名詞になっています。脱線しますが、“Oxbridge“を日本語で「剣牛」などと訳した人がいますが、なんとなく下品で筆者は好きではありません。ケンブリッジを「剣」とするのはともかくオックスフォードを牛とするのは・・・? Oxは確かに牛ですが、去勢された牡牛の意味ですからねぇ。

 脱線し過ぎました。ではOxbridge以外の大学は何と呼ばれるのか? 19世紀にできたロンドン大学以降の大学群は一括りで“Red Bricks”と呼ばれています。19世紀に普及した赤レンガで校舎が建設されているからです。つまり、赤レンガは、英国では新しい安っぽい建築を意味するのです。“Red Bricks”と呼ばれる多くの新しい大学は、日本語に例えれば「駅弁大学」となるのでしょうが、これは言い過ぎです。ロンドン大学もインペリアルカレッジも素晴らしい研究をして多くのノーベル賞学者を輩出しています。日本の「駅弁大学」とはかなり違います。

 オックスフォード大学とケンブリッジ大学のみを評価し、学歴の頂点に戴く、英国社会はやはりどこかいびつです。そう言えば、日本にも東大と京大以外は大学に非ずとして、他の大卒を差別していた製鉄会社がありました。いつの間にか消滅してしまいましたが・・・。

 ではオックスフォード大学とケンブリッジ大学の校舎は何でできているのか?と言えば、これは大理石です。但し英国の大理石は、黄土色っぽくてしかも脆く、品質は良くありません。例えばギリシャにあるような、真っ白で海泡石を思わせる上質な大理石とは全く異なります。弱くて脆いため、英国の大理石でできた建築はしょっちゅう修理しています。

 ロンドンを訪れ、ビッグベンやウェストミンスター寺院を見学しようとした観光客が修理中で幕を張られているのを見て落胆することがありますが、気にすることはありません。それが英国らしいのであり“England as she is”を見ることができたのですから。そういう方々には、赤レンガ造りの立派な建築であるロンドン自然史博物館や、セントパンクラス駅(ハリー・ポッターが乗る駅)の駅舎の見学をお勧めします。

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 話をもとに戻しますが、日本では明治の初期に始まった赤レンガ建築が、由緒ある建築として珍重されるのに、英国では逆に新しくて安っぽい物とされるのは、意外であり、また面白い現象です。横浜のジェラールが生きていたら、何と言ったでしょうか?

 ここでまた話が変わりますが、筆者は先日、ドイツのドレスデン出身のUwe Rosenkranz氏と長時間、車中で会話する機会がありました。読者諸兄もご存知の通り、彼の故郷ドレスデンは、第二次大戦の空襲で完全に破壊され瓦礫の山と化しました。彼に拠ると、戦後、ドレスデン市民は、記憶を頼りに崩れたレンガを再度積み上げ、昔のままの街並みを再現しました。その町は戦争の災禍を忘れないために風致地区として保存されています。これは旧東ドイツの話ですが、西ドイツでも同様の取り組みがありました。デュッセルドルフでも再興した赤レンガの街並みをアルトシュタットとして保存し観光資源にしています。一方、鉄筋コンクリートの新しい街並みはノイエシュタットという訳です。

 崩れ落ちたレンガの廃材の中から使えるものを拾い出し、また積み上げていくのは実に体力と共に忍耐力を必要とする仕事です。ドイツ人はかなり執念深いのかな?

 正確さを要求される一方で、単調な肉体作業を黙々と続ける姿勢は、洋の東西を問わず賞賛されるべきもので、レンガ積み職人こそは、職人気質(かたぎ)の代表と言えるかも知れません。ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダの傑作に『大理石の男』という映画があります。大理石と言いながら、主人公はレンガ積職人です。コンテストで、短時間に正確なレンガ積を完成させ表彰され「労働英雄」となるのですが、本人は自分の生き方に疑問を持ち葛藤します。

 白レンガ、赤レンガともに、それを扱う人には高い技能が求められ、その職人と完成した構造物は敬意を持って眺められるべきでしょう。世界最高の技術を誇る日本の製鉄産業だって、パートナーである耐火物技術を失えば、基礎が崩れた建築と同じで倒壊するしかありません。

我々は、もっと真剣にレンガの事を考えるべきではないのか? そのことを日本製鉄に人に訊いてみたいところですが、彼らの返事はこうでしょう。

「今、爆発で熱風炉が吹き飛んだ室蘭の復旧工事で忙しくてそれどころではない」映像では、熱風炉の爆発でギッターレンガが周辺に飛び散っています。損傷が少ない個体は再使用できるかも知れませんが、大半は使えないでしょう。耐火物メーカーはギッターレンガの生産に追われているはずです。

余談ですが、製鉄所の常として、何かトラブルがあると、他の問題も含めて、赤字を何でもかんでも、そのトラブルのせいにしてしまうという悪習があります。その方が責任を取る人が少なくて済むからです。一種の責任逃れです。

2026年3月期の日本製鉄の決算は、下方修正されました

【参考記事】

日本製鉄:決算説明会を開催。27/3期の考え方を語る

 日本製鉄の業績悪化は、中国からの安値輸入品の影響や、買収したUSスチールの業績が悪いことも理由ですが、ひょっとしたら室蘭の事故のせいにしたい・・気持ちもあるかも知れません。日本製鉄の発表では、3月末までに高炉を再稼働させる予定とのことですが、レンガを用意できるかいなかも一つのポイントです。もう呉のレンガは残っていないでしょうし、潰した鹿島の高炉の熱風炉から運んではどうでしょうか?

 なんにしても、日本で一番北にある、北海道の高炉を早く復旧させて欲しいというのが、筆者の気持ちです。

 

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久世寿(Que sais-je)茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。

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