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元鉄鋼マンのつぶやき#171 新チタン合金の開発とリサイクルの未来

2026/05/29 17:20
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最初から私事で恐縮ですが、今から40年前、新日鉄(当時)の論文に衝撃を受けた記憶があります。その論文はオキサイドメタラジーについてのもので、意図的に鋼中に酸素を固溶させることで、強度を確保するという新しい発想の研究です。

当時、筆者は製鋼技術を勉強しており、酸素とは鋼中から取り除くべき存在でした。酸素、硫黄、リンは鋼中にあって百害あって一利なしと理解していました。しかし、新日鉄は合金元素のひとつとして酸素を鋼中に残すことで強度アップを提案したのです。この前提にはチタンがあります。チタンオキサイドは鋼中に分散し、あまり偏析をしません。鋼中の酸素はチタンオキサイドとして鋼材の強度を向上させるのです。筆者は目から鱗が落ちた思いです。

その古い記憶が今日(5月28日)蘇りました。それはチタン協会が主催する講演会で東京大学の御手洗容子教授のお話を聴講したからです。発表の題名は、「循環型社会の新チタン合金設計とリサイクル技術」で、現在のチタン産業が抱える多くの問題に解決策を提案するものです。

筆者がオキサイドメタラジーに驚いたのは普通鋼の世界ですが、この講演を聞いたことで、チタン合金でも酸素の存在が極めて重要であることを知りました。

講演の冒頭は世界地図から始まりました。チタンの生産が一部の国に集中してチタン資源も偏っているという説明です。実際のところ、チタンのクラーク数は0.46%とかなり高く、チタン原料のイルメナイトなどもかなり豊富にあります。直近ではチタン相場はやや低位に推移しています。しかしチタン精錬には特殊な技術と設備が必要で、限られた国しか製造できず、高コストであるのは事実です。

それでもチタン需要は右肩上がりで増加する見込みで、2050年時点で現在の3~4倍、年間40万ton~50万ton、地金価格が1000円/kgと計算して数千億円の規模の産業になります。御手洗教授の説明ではチタン1ton当たりの精錬コストは100万円でアルミの20万円の5倍です。ちなみにこれはクロール法での精錬を前提としたもので、東大の岡部教授が開発した新しい精錬方法ではこれより安価になる可能性があります。

最初に、御手洗教授はチタン合金では特にリサイクルが重要である事を示しています。チタン合金は他の金属材料と比べて、製造工程の各段階で、製品歩留まりが非常に低い、つまりロスが多いという特徴があります。そもそもスポンジチタンの段階では鉄と酸素を多く含みます。特にインゴットの外周部(鋳型近傍)では鉄の含有量が多く、製品にはならず、副次的用途つまり製鋼工場で溶鋼に添加する合金材料に回ります。いわゆる「カスケードリサイクル」です。普通鋼の製鋼工場にいた筆者としては、それでもいいではないか?と思いますが、そうはいきません。鉄とは別ですが、酸素含有量の多い(4000ppm)チタンスクラップは非常に安価なのです。酸素の少ないスクラップが1000円/Kgなのに、酸素が多いスクラップは150円/Kgといった具合で、これが製品価格を押し上げる一因にもなっています。

御手洗教授の提案は、スクラップ中の酸素を除くことで資源価値を上げる「アップグレードリサイクル」です。カルシウムを用いた酸素除去プロセスではあまり酸素が下がりません。希土類を用いた還元では100ppm程度まで酸素が下がりますが、今度は希土類が残存して不純物となります。まだ「アップグレードリサイクル」の技術は完成してはいません。

現在世界のスポンジチタンの28%は日本製で年間58000tonです。一方、チタンスクラップについては、その大半が輸出されています。チタンの一大生産国である日本が、貴重な資源であるチタンスクラップをみすみす海外へ流出させているのは残念なことであり、資源安全保障の観点からも避けるべきことです。チタンスクラップの海外流出を防ぐには、御手洗教授が提唱する「アップグレードリサイクル」の技術確立が極めて重要です。

しかしそれだけでは十分ではありません。スクラップの価値を下げず、適切に回収するシステムの確立が重要です。

チタンのスクラップは発生段階で何段階かに分かれ、それぞれで純度・成分が異なります。製品の製造工程で発生する切粉などのスクラップはスポンジから3か月以内に発生し、素性も成分も明確な高級品です。

製品の切削加工時のロスは莫大です。ボーイング787では1機当たり12tonのチタン合金が用いられますが、インゴットはその10倍である120tonが必要になります。インゴット時点で100%とすると展伸・延伸段階で62%、製品では10%となります。

航空機に用いる金属材料では削り出し加工が主となり、切粉になるロスが大きいのです。塑性加工の世界では、ニアネットシェーピングやインクリメンタルフォーミングが追求されていますが、チタンの世界あるいは航空機材料の世界ではなかなか実現していないのです。

一方、製品として利用された後で廃棄された老朽スクラップは、素性・成分が安定しません。それらにはスポンジから30年経ったものもあります。例えば寿命を終えて解体された航空機から回収されたチタンスクラップが該当します。それらはチタンが普及した後、時間差を置いて発生する訳で、今後チタンスクラップの市場が急拡大すると思われます。 チタンスクラップを効率的に回収し、適切に分別し再利用するシステムの構築が重要です。

一方、酸素や鉄を含む新しいチタン合金を開発して既存のα+β合金に代替しようという研究も進んでいます。

代表的なα+β型のチタン合金である、6%アルミ4%バナジウム合金(日鉄の担当者はチタン合金のジャイアントと語っていました)では、高価かつ希少なバナジウムを用います。これを安価でありふれた元素(ユビキタス元素)で置き換えれば、製造コストを低減できます。具体的には、御手洗教授は合金成分を鉄と酸素で代替できるかを追究しています。これも一種のオキサイドメタラジーです。

酸素を添加すると合金強度は6%アルミ4%バナジウム合金には劣るものの、純チタンよりは高強度になります。さらに鉄を1%程度加えると、6%アルミ4%バナジウム合金と同程度の強度が得られます。 鉄と酸素の転嫁は延性を低下させますが強度は向上するのです。それならば、アルミやバナジウムを添加するよりユビキタス元素である鉄を添加する方が合理的と言えます。この研究は日本だけではありません。米国の規格でも、鉄と酸素を含む、チタン合金は開発されています。

TIMET 625 の成分は、6%アルミ、1.7%鉄、0.1%シリコン

ATI 425 の成分は、3.5~4.5%アルミ、 2.0~3.0%バナジウム、1.2~1.8%鉄、0.2~0.3%酸素、0.08%炭素、0.03%窒素、0.015%水素

 

といった成分系です。概観すると、鉄3%、酸素0.3%で 6%アルミ4%バナジウムと同等以上の強度が得られる見込みです。写真を見ると、転位回りに酸素原子が凝集しており、コットレル効果によって強度が向上していることが分かります。

問題はクリープで、鉄やニッケルは拡散速度が速く、変形量が増大します。つまり鉄だけを添加すると、クリープ寿命は短くなります。一方、酸素を添加すると、β相の体積率が下がり、変形量が少なくなり、クリープ寿命は延びます。一定量の酸素を添加すると、鉄が増えても変化はありません。

酸素の固溶硬化>鉄の固溶硬化 という形です。いずれにしても、適切な量の酸素と鉄を添加すれば、多くのα+β型のチタン合金を代替可能という結論です。高温強度やクリープ特性に着目するのは、目指しているのが航空機用エンジン、つまりガスタービンの素材だからでしょう。しかし市場規模を考えると、それだけにとどまるのはナンセンスです。チタン合金の用途を拡大し、それぞれのニーズの中で必要最小限の性能を発揮する最も安価なチタン合金を提供する必要があるでしょう。

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脱線しますが、物質・材料研究機構の長田博士のグループは超高温に耐えるガスタービン材料の研究開発を進めていますが、そこで考えられる素材の構成は、燃焼室やタービンのシュラウドはセラミックス、高圧タービンのブレードはニッケル基合金、コンプレッサーは複合材料というものです。そこにチタン合金の割り込む余地はあるのか? その点について詳しくお話を聞きたいところです。講演を聞いたあと、筆者には幾つかの疑問点が残ります。

1. 合金成分として鉄と酸素に着目していますが、窒素の影響はあるのかないのか?  ユビキタスな合金成分としては他に、シリコン、マンガンの影響も考えるべきですが、それらを添加した時の影響はどうなのか? 興味深い点です。

2. チタンの優れた特性として対海水の耐食性がありますが、酸素を多く添加した場合、  どこかの時点で、カタストロフィックに耐食性が劣化する可能性は無いのか?具体的には高濃度の酸素は不働態膜の形成に影響を与えないか?と考えます。ガスタービンエンジンが塩水に晒される環境は希ですが、現実にあります。

また、会場の質問者からは、鉄は拡散速度が非常に速く、結果として偏析が強まるので、大型部品の製造には向かないのではないか?という指摘がありました。それらの問いに明確に回答できないのは、まだ「チタン‐鉄‐酸素系」の合金についての機械特性のデータが全く足りないからです。(山のように)データがある6%アルミ4%バナジウム合金には適いません。顧客の信頼を得て普及させるには、まだ少し時間がかかりそうです。また6%アルミ4%バナジウム合金の代替だけを目標にするのではなく、適材適所で必要な性能条件に応じた成分設計にすれば、コストを下げる方法も見えてきます。

元製鋼屋の筆者から見ると、精錬上の課題も見えてきます。もともと不純物として徹底的に取り除いていた酸素と鉄を、残すことで強度を上げるなら、精錬は簡略化され、コストは大幅に下がります。スクラップの利用も容易になります。しかしチタニウムの場合、脱酸を加減してピンポイントの値で酸素を残すことは難しいでしょう。製鋼工場でセミキルド鋼を溶製するのとでは訳が違います。結局、完全に脱酸してから酸素を添加することになるのでは?と思います。それではコストダウンにつながりません。鉄についても同様です。この辺りは、御手洗先生ではなく、岡部先生に質問すべきかも知れません。

筆者は鋼材での合金化による強度アップの原理とチタン合金でのそれのアナロジーが面白く、御手洗教授の講演に聞き入った訳ですが、よく考えるとこの講演はチタン協会のメンバー各位に大きな宿題を課す内容でした。

チタン製造コストの低減とリサイクルシステムの確立は、研究会のメンバーである、東大、早大、日鉄、大同特殊鋼、神鋼、東邦チタニウム、大阪チタニウム、チタン協会だけの宿題ではありません。いやもっと考えると、チタンだけでなく、多くの希少資源に共通する課題です。この研究がさらに成果をあげ、チタン産業の発展をもたらすことをひたすら期待します。

 

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久世寿(Que sais-je)

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