NANDメモリーはレアメタルの結晶だった
かつて日本は、世界の半導体市場の約半分を握っていた。
1980年代、NEC、東芝、日立、富士通、三菱電機などの日本企業が、世界の半導体メーカーランキングの上位を占めていた。とりわけDRAMと呼ばれる記憶用半導体では、日本企業は品質と信頼性を武器に、世界を圧倒していた。
ところが、その後の約30年間で、日本の半導体シェアは大きく低下した。原因は、日本の技術力が急に衰えたからではない。日米半導体摩擦、急激な円高、DRAMの激しい価格競争、韓国や台湾による国家的な設備投資、そして半導体産業が設計、製造、組み立てへと分かれる水平分業へ移行したことが重なった。
日本企業は、より高品質な製品を作れば市場で勝てると考えた。
しかし世界の半導体競争は、巨額の資金を投じて新工場を建て、生産量を増やし、価格を下げ、次の世代へ素早く移る速度の戦いへ変わっていた。日本は技術で負けたというよりも、投資の規模と経営判断の速さで後れを取ったのである。だが、その「半導体敗戦」の中で、一つだけ世界市場に生き残った技術があった。それが、東芝の半導体メモリー部門を母体とするキオクシアのNAND型フラッシュメモリーである。つまりキオクシアは東芝が育てた半導体メモリー事業を分離し、誕生した企業である。その原点は1987年にさかのぼる。東芝の技術者であった舛岡富士雄博士らの研究チームが、NAND型フラッシュメモリーを開発した。
当時、半導体業界の主役はDRAMだった。
DRAMは高速で、コンピューターの作業用メモリーとして巨大な市場を持っていた。一方、初期のNANDは書き込み速度が遅く、書き換え回数にも限界があり、何に使うのかさえ明確ではなかった。しかしNANDには、一つの決定的な特徴があった。電源を切っても、記録した情報が消えないのである。現在では当たり前に思えるが、当時はデジタルカメラもスマートフォンも、USBメモリーも、大容量SSDも存在していなかった。つまり東芝は、まだ市場のない技術を発明したのである。その後、デジタルカメラ、携帯音楽プレーヤー、USBメモリー、携帯電話、スマートフォンが普及すると、NANDは一気に情報社会の主役へ躍り出た。
さらにSSDがハードディスクに代わって、パソコンやサーバーの記憶装置として使われるようになると、NANDは社会の記憶そのものを支えるようになった。東芝が生み出し、キオクシアが守り育てたNANDは、時代がその発明に追いつくまで、長い時間を耐え抜いたのである。
半導体はシリコンだけではできていない
一般の人は、半導体と聞けばシリコンを思い浮かべる。確かに半導体の土台はシリコンウエハーである。しかしシリコンの板が一枚あったところで、それだけでは一ビットの情報も記録できない。NANDの中には、絶縁膜、電極、配線、バリア膜、接合材料など、さまざまな高純度材料が使われている。特に現在の3次元NANDは、メモリーセルを平面に並べるのではなく、縦方向へ何百層も積み上げる。高層ビルを建てるように、薄い膜を何層も重ね、その中に髪の毛よりはるかに細い穴を垂直に開け、絶縁材料や導電材料を均一に形成する。一つでも穴が曲がり、一つでも膜の厚さが乱れ、一粒でも余計な不純物が混じれば、不良品になる。半導体製造とは、原子や分子の世界で建築物を作るような仕事なのである。
そこで重要になる金属の一つが、タングステンである。
タングステンは金属の中でも極めて融点が高く、熱に強い。狭く深い構造の中に薄く形成できることから、3次元NANDではメモリーセルを選択するための導電経路に使われてきた。NANDの層数が増えるほど、タングステンを薄く、均一に、隙間なく形成する技術が重要になる。わずかな空隙や不純物でも電気抵抗が増え、読み書き速度や信頼性、歩留まりに影響を与える。タングステンは、NANDの内部を走る神経線のようなものだ。ところが、積層数がさらに増え、配線が細くなると、タングステンの電気抵抗が課題になる。そこで次世代材料として注目されているのが、モリブデンである。
モリブデンはタングステンと同じ高融点金属でありながら、微細な配線では電気抵抗を抑えやすい可能性がある。キオクシアも将来の3次元NANDに向けて、モリブデンを用いたワード線形成技術の研究を進めている。
NANDの競争とは、単に積層数を増やす競争ではない。タングステンをどう成膜するか。モリブデンへどう置き換えるか。絶縁膜をどう守るか。金属や薬品をどこまで高純度化するか。その一つひとつの工程が、製品の性能とコストを決める。
レアアースはチップの外側に潜んでいる
ここで注意したいのは、NANDチップの内部に、ネオジムやジスプロシウムなどのレアアースが大量に入っているわけではないということだ。レアアースはむしろ、NANDを作る製造装置の側に潜んでいる。半導体工場では、シリコンウエハーを搬送するロボット、真空ポンプ、精密モーター、センサー、レーザー、電源装置、研磨装置などが動いている。高性能モーターにはネオジム磁石が使われる。研磨工程ではセリウム系材料が使われる場合がある。配線や電極にはタングステン、モリブデン、銅、チタンなどが使われ、コンデンサーや周辺部品にはタンタル、ニッケル、コバルトなどが関係する。さらに、超高純度ガス、研磨材、薬液、フォトレジスト、セラミックスなど、数え切れないほどの材料が必要になる。
つまりNANDは、チップの内部だけを見ても本当の姿は分からない。
鉱山から掘り出された金属を分離し、精製し、不純物を極限まで除き、半導体用の材料に加工する。その材料を最先端の製造装置で原子一層単位に積み上げる。そこまで含めて、初めて一枚のNANDが完成するのである。私は長年、レアメタルの世界を歩いてきた。その目でキオクシアを見ると、この会社が単なる半導体メーカーではないことが分かる。キオクシアの本当の強さは、NANDを発明したことだけではない。用途の見えなかった技術を捨てず、材料を磨き、製造工程を積み上げ、社会が必要とする時代まで生き残ったことにある。日本の半導体産業は、DRAMという大量生産と価格競争の戦場では敗れた。しかし、誰も注目しなかったNANDという種を守り、3次元化という新しい技術へ育てた。そこには、日本が得意としてきた材料、装置、品質管理、精密加工、そして現場の改善力が凝縮されている。半導体はシリコンだけの産業ではない。超高純度の金属と化学材料、製造装置、そして何百もの精密工程を積み重ねる総合材料産業である。
だから私は、こう呼びたい。
キオクシアのNANDは、日本の材料技術と製造技術が作り上げた「レアメタルの結晶」なのである。
