鉄の中に銅が固溶してしまうと、両者の分離はほぼ不可能になります。エントロピーが極大化した状態と言えます。ちょうどコーヒーにクリームを混ぜた後、後でクリームだけを分離して取り出すことが不可能なように、銅の原子を鉄の原子の中から抽出するのは困難なのです。勿論、ウラン235の濃縮のように遠心分離やガス拡散を行えば可能ですが、莫大なエネルギーが必要で、全く非現実的です。
もし、金属原子と同じくらい小さい小人がいて、それが溶鋼の中で銅原子を一粒ずつ選んで分別する作業をしてくれるなら、それは可能です。この小人は運動速度によって分子を選別する「マックスウェルの悪魔」の兄弟と言うべき存在です。この小人達はエントロピーを小さくできる魔法使いなのです。
脱線しますが、古典物理の世界でエントロピーは重要な概念で、時間の進む方向を規定する物理量であると筆者は考えます。しかし困ったことに機械工学で考えるエントロピーと冶金屋が考えるエントロピーは少し性格が異なります。物理量としては全く同じものなのですが、使われ方が違うのです。機械工学出身の筆者は、エントロピーの概念を理解していたつもりでしたが、冶金出身の先輩技術者と話が嚙み合わず「君は熱力学も知らんのかね? これだから私大出身は信用置けない」と侮辱されたこともあります。情報工学でもエントロピーの概念があります。それを導出する方程式は S=∫(Q/T)dtと類似しており、アナロジーが成り立ちますが、物理量としては全く別物です。
脱線から話を戻しますが、市中で調達するスクラップには、なにがしかの銅がまぎれこんでいます。特に自動車のスクラップには、モーターや配線由来の銅が相当入っているのです。
ワイヤハーネスやセルモーターなどの主要な銅部品は、シュレッダーにかける前に手作業で除去されますが、全ての小型モーターを取り除くことはできません。なにせ1台の乗用車には200個もの小型モーターが入っているのです。考えてみれば、昭和40年代ぐらいは自動車のミラーもウィンドウも自動ではなく手動でした。エアコンもなかったのです。その頃に比べると小型モータは増え、取り除けない銅部品は増えるばかりです。
スクラップ中にトランプエレメントあるいはコンタミネーションとして銅が入ればスクラップの価値は下がります。このことは高炉製品と電炉製品の評価にも影響します。銅が入っていない高炉製品と必然的に銅が残る電炉製品・・・。高炉各社は電炉各社への差別化のポイントとしてこの銅の混入を利用してきました。
しかし、今の時代そんなことは言っておれません。時代はゆっくりと電炉の時代に向かい、スクラップの存在感は増しているのです。その理由は幾つもあります。
世界的に鉄鋼の蓄積が増大し、スクラップ供給量が増大したことや、世界的な脱炭素化の流れの中で高炉から電炉へのシフトが予想されること等です。社会での鉄鋼蓄積量という観点で考えると、先進国では人口1人当たり10トン程度、世界平均では1人当たり4トン程度が蓄積されています。鉄リサイクリング・リサーチの林誠一氏や日本製鉄の礒原豊司雄氏によれば、だいたい10トン程度になると飽和し、スクラップとしての放出が増大します。
鉄鋼の蓄積と言っても社会的なインフラや、自動車、家電、船舶等、形態はさまざまなのですが、自動車について言えば、その国のモータリーゼーションが起こってから30年程度後に、スクラップ発生量が増加するというのが筆者の理解です。そうなると、そろそろ中国でスクラップ発生量が増える頃です。
かつて中進国や開発途上国のいくつかは自国内に高炉一貫製鉄所を持つことを希望しました。しかし今それらの呪縛から解き放され、より安価に建設できる電炉を求めています。粗鋼生産量で見た、高炉と電炉の比率は、これから大きく変化する可能性があります。そして世界市場でのスクラップの争奪戦が始まりつつあります。
実はスクラップ争奪戦は今に始まったことではありません。
太平洋戦争直前、米国は日本にハルノートを突きつけ、日本に対して石油の輸出禁止などを行いましたが、その中にはスクラップ輸出禁止も含まれました。当時、既に近代化を成し遂げた米国は数少ないスクラップ供給国でした。一方、日本は八幡や釜石には高炉があったものの、多くの鉄鋼メーカーは平炉メーカーであり、スクラップを原料としていました。米国からのスクラップ供給を絶たれれば、日本の鉄鋼生産はまさに干上がってしまうのです。今、歴史は繰り返しつつあるのかも知れません。
スクラップ全体の調達懸念を考えると、もはや銅のコンタミネーションをどうするという時代ではないのです。
では、銅が入ると鉄鋼の質はどれだけ悪くなるのでしょうか?
4月10日に東京で開かれたIRuniverse社主催のCEシンポジウム【2026.04.10】第7回CEシンポジウム/The 7th Circular Economy Symposium in Tokyoでは、日本製鉄からのプレゼンテーションがあり、この銅の問題に触れておられます。銅は鋼の結晶粒界に析出しFe-Cuの低融点の合金ができ亀裂生成の原因となります。日本製鉄の礒原豊司雄氏のプレゼンの資料では、Cu脆化によるクラック部位のEPMA写真が示されましたが、あれはちょっと銅へのネガティブキャンペーンが過ぎます。あの旧オーステナイト粒界に割れが入っている様子は、スタークラックかカッパーチェッキングの断面かと思いますが、昭和の時代に連続鋳造装置のモールドのメッキが不完全だったころによく経験した疵です。今はあんな極端なカッパー起因の割れはまずないと思います。
しかし粒界脆化があるのは事実で、銅の混入は延性や展性を低下させます。このことは、極限までの絞り加工性能やプレス成形性を求める自動車の外装用鋼板には不適であることを意味します。後述する東京製鉄は自動車材料に電炉鋼を使うべく開発に取り組んでいますが、その東鉄の中西栄三郎氏も「さすがに自動車の外装用鋼板は目指しません」と苦笑いします。
何故なら、自動車の外板用鋼板は表面状態の厳格性が求められ、同時にプレス成形時の深絞り性が多くの場合求められ、これらには老廃屑由来の電炉鋼は不向きだからです。但し、骨格系の内板部材には、微細な組織が得やすく強度と靭性のバランスを得やすく向いています。ですので、自ずと、老廃屑由来の電炉鋼板と高炉・転炉法の鋼板とでは棲み分けが出来るものと考えています。
自動車用鋼板が追求する特性としては、深絞りを可能にするプレス特性、そして超々ハイテン化などです。成分としては極力純鉄に近づけ、強度は精密な熱処理で実現するという方向に向かっています。銅はいかにも都合が悪いのです。脱線しますが、日本の自動車用鋼板は冷延鋼板の最高級品を使っています。
その流れの逆をいく「低級屑をいかに使いこなすか・・」に取り組んでいる東京製鉄は、逆に銅が入っているならそれを利用してやろうじゃないか・・という逆転の発想「用銅」を考えています。実は銅が入っていた方がいい場合だってあるのです。
第一に耐候性が向上します(つまり錆びにくくなります)。第二に水素誘起割れの進行を食い止める効果があります。腐食性のサワーガスを通すパイプラインでは水素誘起割れが高速で伝播するパイプラインバースト(コンピュータの演算方式とは関係ありません)という現象がありますが、その割れを食い止めるバックルアレスターには、銅を含む鋼材の鋼管が使われます。
東鉄の伊藤岳氏によれば、耐候性の向上に目を付け、同社ではコンテナ材として活用することを考え、そして実用化しました。
科学者や技術者達は、冶金学的に鋼中の銅をどうやって抜くかに40年間取り組んできましたが、まだいい解決策を見出していません。ここは銅を残したままで、超々ハイテンを実現する方法を開発する方が合理的でしょう。
もはや銅の有無で製品用途を限定し、スクラップの利用を制限する時代ではありません。世の中は、スクラップ供給量の増大と脱炭素化の流れの中で高炉から電炉の流れはこれから加速します。日本の高炉メーカーは大型電炉を建設しますが、そこでは良質なスクラップのみを使う予定です。一方、東鉄は敢えて低品質スクラップの利用に拘ります。銅の問題は引き続き残り、高炉メーカーと電炉メーカーの方針の違いも残ります。しかし、それでは困るのです。
世界市場を見ると、既に中国とインドが鉄鋼業界のヘゲモニーを握っており、日本市場にも食い込み始めています。日本国内で無用な対立をしていると“鷸蚌の争い漁夫の利となる”で日本の鉄鋼市場そのものを失う可能性があります。
鋼中の銅を許容する用途開発だけでなく、敗者の分解時に、銅を含むパーツを容易に取り除ける、リサイクルを考慮した車体設計に真剣に取り組むべき時代です。
冒頭に書きました通り、鋼の中に銅が混じるのはエントロピーを大きくすることで対応は困難です。なぜなら古典論ではエントロピーの増加は時間軸の進む方向であり、不可逆的な現象だからです。しかし物理学者ディラックは「生物だけはエントロピーを増大させない」という発言をしています。実は彼だけでなく多くの学者が「生物はエントロピーを増大させない」と主張しています。これには多くの意味がありますが、鋼中の銅を除去できなくても、これを無害化する利用方法を技術者は開発できる、あるいはスクラップへの銅の混入を防止する技術を技術者は開発できる・・・という意味にも解釈できます。
かつて「スクラップ」とはまさに「屑鉄」で、老朽化した使えない物・不要物の代名詞として、ネガティブなイメージしかありませんでした。しかし今、スクラップは貴重な資源であり争奪戦が繰り広げられています。その価値をさらに高め、用途をさらに拡大できるのはおそらく日本の科学者と技術者だけでしょう。物理学者はエントロピーを小さくする架空の存在を「マックスウェルの悪魔」と呼びましたが、こちらは悪魔ではありません。彼らを「鉄リサイクルの魔法使い」と呼びたいところです。
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久世寿(Que sais-je)茨城県在住で60代後半。昭和を懐かしむ世代。大学と大学院では振動工学と人間工学、製鉄所時代は鉄鋼の凝固、引退後は再び大学院で和漢比較文学研究を学び、いまなお勉強中の未熟者です。約20年間を製鉄所で過ごしましたが、その間とその後、米国、英国、中国でも暮らしました。その頃の思い出や雑学を元に書いております。
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