資源ナショナリズムの台頭-ニッケル安定確保の体制構築が急がれる日本

昨年10月、南太平洋にある仏領ニューカレドニアで独立をめぐる住民投票に注目が集まった。結果は反対票が53.26%と、僅差での否決。日本の資源ビジネス関係者らは胸をなでおろした。ニューカレドニアはニッケル鉱石の主要産出国。仮にフランスから独立した場合、中国による経済支援が強まり、ニッケル資源を囲い込まれるとの懸念が出ていたためだ。(写真はyahoo画像から転載)
ニッケルの主な用途はステンレス鋼の原料である。電気自動車(EV)向けなどの二次電池の材料としても使用されており、「戦略資源」としての重要性が増している。産出地は世界中に偏在し、日本はニューカレドニアとフィリピンの2カ国からの輸入に依存。フィリピン産の鉱石は品位が低いこともあり、2020年の輸入量の8割弱をニューカレドニアから調達した。
一度の充電でどのくらい長い距離を走行できるのかというEVの性能を左右するのが二次電池だ。主流であるリチウムイオン電池は正極材にどれだけ高い割合のニッケルを含むことができるかで電池の容量が決まる。時価総額が約80兆円とトヨタ自動車の3倍を誇る米EVメーカーのテスラだが、昨年の生産台数は49万9550台にとどまる。トヨタの世界生産台数の1割に満たない規模で、今後の生産拡大には電池調達が欠かせない。
世界的な脱炭素化の流れで、EVの普及拡大が見込まれるなか、菅義偉首相も温暖化ガスの排出を2050年までに実質ゼロとする方針を表明した。政府が昨年12月に策定したグリーン成長戦略では、遅くても2030年代半ばまでに乗用車の販売は全て電動車とし、EVの導入を強力に進めるとの方針を打ち出した。
EVの普及拡大を支えるためにも、ニッケルの安定確保は重要だ。日本はかつて輸入するニッケル鉱石の約半分をインドネシアから調達していた。ただ、同国が2014年から自国産業を育成するためとして鉱石の輸出を禁止したため、価格急騰を招いた。17年に条件付きで一部輸出再開を認めたものの、20年から再び禁輸に踏み切った。
今回のニューカレドニアの住民投票は、独立の意思が確認されれば、自治権を段階的に拡大するという1998年のヌメア協定に基づいて実施された。独立を望むのは先住民のカナク人で、フランス系移民やその子孫である欧州系との格差に不満を募らせている。2018年に行われた1回目の住民投票では反対票が56.4%で否決された。2022年までに3度目の住民投票を実施することもできる。
一方、2019年9月にはソロモン諸島とキリバスが台湾と断交し、中国と国交を締結した。その後、貿易投資やインフラ建設などの分野で協力を発展させる「一帯一路」をめぐる覚書(MOU)にもそれぞれ署名。中国は米国に代わって太平洋島嶼国を勢力下に置こうと進出を強めている。日本は安倍晋三前首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋戦略」に基づき、米国やオーストラリア、インドと組んだ安全保障の枠組み「QUAD(クアッド)」で中国の動きを牽制する。
資源は国家の命運を左右する。日本が太平洋戦争に突入するきっかけとなった主な原因は米国による石油の全面輸出禁止だった。第2次世界大戦では米国軍の爆撃機B29が高度1万メートルの高さから攻撃したのに対して、日本軍はその高度まで飛ぶことができず圧倒的に不利だったという。ニッケル資源の不足から高温にも耐えられるニッケル合金がつくれず、B29に搭載されたターボチャージャーを開発できなかったためだ。
禁輸などいわゆる資源ナショナリズムの動きはいま、世界中で広がっている。脱炭素化の実現に向けて環境を舞台とした激しい国際競争を勝ち抜くためにも、日本はニッケル資源を安定的に確保できる体制構築が急がれる。
沢田楊(ジャーナリスト)
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