Americas Weekly#10 米サンフランシスコ市がLIBの消防規制を導入
米サンフランシスコ市で電動自転車などの動力源となるリチウムイオン電池に対する新たな消防規制が施行された。延長コードでの充電を禁止するなど詳細な規定が盛り込まれている。台数が多い場合は室内にスプリンクラーの設置を求めており、電動自転車などの販売業者からは困惑の声が上がっている。
ニューヨーク市でのリチウムイオン電池による火災については、このコラムで何度かお伝えたが、サンフランシスコ市でも2017年以降、リチウムイオン電池が原因とされる火災が増加しており、2023年は60件を超えた。このため、議会と同様に立法権のあるサンフランシスコ監査委員会が火災防止に向けた新たな規定作りを急いでいた。
2024年3月7日に施行された消防規定によると、市内で使用される電動自転車や電動スクーター、ホバーボードなどに装てんされるリチウムイオン電池には、米国の第三者認証機関「ULソリューションズ」の安全品質認証「UL2849」か「UL2272」、欧州基準の「EN15194」、「EN17128」などサンフランシスコ消防局が認めた認証基準を満たしていなければならない。
安全性が認められた電池を装てんした電動自転車などについては、1世帯、1店舗当たり4台まで保管、充電ができる。5台を超える場合は、室内にスプリンクラーや煙探知機の設置が求められるほか、充電する場合は1台当たりの間隔を3フィート(約91センチ)とらなければならない。
可動式の電池や充電器は壁に設置されたコンセントに直接、つなげなければならず、延長コードや電源タップの使用は禁止された。
落としたり、強く打ちつけたり、ひびが入ったりした電池は使用前に自己点検をしなければならず、損傷が明らかとなった電池の使用を禁止した。また、分解した電池を組み立て直して使用することも禁止した。
障害者が使用する車いすなどを除き、市内の全ての電動式の乗り物が対象となる。
これに対し、サンフランシスコ市内の電動自転車などの販売業者は困惑している。ニューヨーク市では、電動自転車などを利用するフードデリバリーの個人業者が認証基準を満たしていないリチウムイオン電池を充電して火災を起こすケースが多い。ニューヨーク市内に約6万5000人いるとされるフードデリバリー個人業者は移民が多く、狭いアパートに多人数が同居する環境で暮らし、室内などで同時にいくつものリチウムイオン電池を充電する。
サンフランシスコ市が拠点のオンラインメディア、サンフランシスコ・スタンダードは、「サンフランシスコ市では、フードデリバリー個人業者の生活環境はニューヨーク市のような状況にはなく、サンフランシスコ消防当局は過剰反応している」との電動自転車販売業者の声を伝えている。
販売業者の場合、1店舗に5台以上の電動自転車などが並ぶのは当たり前で、消防規制によってスプリンクラーや煙探知機の設置が必要となるが、設置には多額の資金が必要なため、とても対応ができないという。
消防規定では、販売業者が規定を順守するまでに6カ月間の猶予があるが、「ビジネスとして成り立たなくなる」と嘆く販売業者は多い。
正規の販売業者への規制を強めても、火災は劇的に減らないだろうとの見方もある。路上などで電動自転車からリチウムイオン電池が盗まれるケースは多く、盗まれた電池は「闇ルート」で販売されて、火災の原因になっている。「火災を減らすなら、リチウムイオン電池の盗難対策が先ではないか」との意見も販売業者の中には根強い。
サンフランシスコ市では温室効果ガス削減のため、フードデリバリー業務を電動自転車などで行うことを奨励する事業を進めている。2023年12月には、この事業に対する米エネルギー省からの60万ドルの補助金拠出が決まり、事業規模が当初の2倍になった。今後、本格的に事業が始まるが、公金によって電動自転車を増加させる中で、リチウムイオン電池による火災が増えたとなれば行政の責任は免れない。
今回の消防規制導入には、電気自転車の販売業者とも連携しながら規制内容を詰めてきたが、「官民の溝」が埋まらないままでの施行となった。
今後は、保管や充電の方法を定めるという直接的な規制だけでなく、盗難防止など社会全般での取り組みも必要となりそうで、リチウムイオン電池を製造するエネルギー・電池業界にも、安全性の向上など技術的な改革だけでなく、電池の盗難防止機能など社会的な要請に対応する手段の開発が求められそうだ。
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Taro Yanaka
街ネタから国際情勢まで幅広く取材。
専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。
趣味は世界を車で走ること。
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