【コモディティと人物余話】 もう一つの『女工哀史』-底辺社会の細民を描いた横山源之助

生糸・紡績女工の悲惨な労働生活を描いたルポルタージュと言えば、大正時代に刊行された『女工哀史』(細井和喜蔵著)、昭和時代の『あゝ野麦峠』(山本茂実著)を思い浮かべる読者も多いだろう。だが、もう一人、忘れてならない人物がいる。明治時代に底辺社会のルポルタージュ『日本の下層社会』を著した天涯茫々生こと、横山源之助だ。(写真はyahoo画像から転載)
欧米列強の仲間入りを目指し、富国強兵・殖産興業に邁進した日本の近代。過酷な労働を強いられた庶民たちの犠牲が産業発展を支えたのも事実だ。細井や山本は「女工」にスポットを当て、その実態に迫った。源之助の場合、女工だけでなく貧民状態、機械工場の労働者、小作人の生活状況など、底辺社会に属するあらゆる「細民」を取り上げたのが特徴だ。
源之助は明治4年2月、富山県魚津町に生まれた。明治27年に毎日新聞に入社。戦勝記事が国民から受け入られるなか、源之助は庶民の目線から戦争と労役者との関係について連載し、健筆を奮った。約5年後、毎日を去り社友として寄稿を続ける。源之助は労役者と木賃宿に泊まったり、残飯屋を回まわるなど自らの体験を通して、彼らの生活ぶりに密着した。
労働運動にのめり込んでいくのもこの頃だ。明治31年4月、「細民の最も多く住居する地を挙ぐれば山の手なる小石川・牛込・四谷にあらずして、本所・深川の両区なるべし」の書き出しで始まる、源之助の『日本の下層社会』が刊行された。ただ、これは懇意にしていた出版社社長のカンパにより実現したもので、事実上、自費出版に近かった。
洞察力に富んだ冷徹な眼で世の中の矛盾を活写した源之助の精神はその後、脈々と受け継がれていく。労働者に寄り添い、多くの作品を生み出すノンフィクション作家の鎌田慧氏は、書き手としての原点を次のように振り返っている。
「労働者についてルポルタージュを書こう、とわたしが思うようになったのは、横山源之助の存在が大きい。遭遇した現実の微細な事実を掘り起こし、それによってひとつの世界を描き出す、その先駆者として横山源之助が、わたしたちの前をあるいている。文章による現実との衝突。その可能性を彼は実践していた」(『反骨のジャーナリスト』)。
天涯茫々生のペンネームが象徴するにように、病床にあった源之助は大正4年6月、家族に看取られることもなく、44年の生涯に幕を閉じた。出版社の若い社員が唯一、臨終に立ち会った。「これが、人生というものかねぇ」―源之助の最期の言葉だったという。
在原次郎
コモディティ・ジャーナリスト。エネルギー資源や鉱物資源、食糧資源といった切り口から国際政治や世界経済の動向にアプローチするほか、コモディティのマーケットにかかわる歴史、人物などにスポットを当てたリサーチを行なっている。『週刊エコノミスト』などに寄稿。
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