【インタビュー】ウクライナのコルスンスキー駐日大使に穀物・エネルギー戦略を聞く

ウクライナは肥沃な穀倉地帯に恵まれ、小麦や大麦、トウモロコシなど世界有数の穀物生産国として知られる。10年ほど前から伊藤忠商事、住友商事、丸紅などの大手商社がウクライナからの穀物輸入を増やしている。また、旧ソ連時代にチェルノブイリ原発事故を起こし、その対応に当たった経験から福島第1原子力発電所の事故処理に協力している。MIRIPLUSは1月29日、駐日ウクライナ大使館のセルギー・コルスンスキー特命全権大使に自国の穀物戦略のほか、エネルギー政策について都内でインタビューした。
MIRUPLUS (MP)
コルスンスキー大使は2020年10月の着任早々、大手商社などの関係者と積極的にコンタクトを取っていると聞ききました。昨年11月には、住友商事の兵頭誠之・最高経営責任者(CEO)と会談したそうですが、どういう内容だったのですか。
コルスンスキー大使
農業分野での合併事業の創設などを話し合いましたが、住友商事にはインベスターとして参加してほしいと思っています。現地のJV(合弁企業)が日本企業と建設的なパートナー契約を結び、穀物などを輸出することにつなげたいと考えています。穀物部門では、ウクライナにとり、最大の輸出国は中国ですが、だからといって中国を最優先に位置付けているわけではありません。コーポレート・カルチャー(企業文化や風土)が日本と中国とでは異なります。私たちは日本を重視しています。共産党が支配する国家体制であるため、継続的な企業活動につながらないということです。中国はあくまでも大口の購入者です。
MP
経団連ウクライナ部会部会長の國分文也氏(丸紅会長)とも会談したそうですが、食糧安全保障にかかわる日本とウクライナとの関係について議論は深まりましたか。
コルスンスキー大使
オーガニック製品の共同生産や日本への輸出のほか、固形廃棄物の管理や処理への協力などを協議しました。新型コロナウイルスの感染拡大が止まらないなか、実用的な段階ではありませんが、合意に向けて進むとの感触を得ています。JICA(国際協力機構)がウクライナ国内で活動を続けていることもあり、細部については近く、首都のキエフに拠点を置く経団連の関係者と詰めていく予定です。
MP
國分氏とはこのほか、世界貿易における地政学プロセスの影響について話し合ったとされています。これは中国のウクライナへの経済進出にかかわることに関連性はありますか。
コルスンスキー大使
2020年は世界で単独主義が横行し、米国と中国のほか、欧州を含め対立が深まりました。コロナ禍で世界中が混乱するなか、医療器具や化学品などで中国の独占状態があり、非常にセンシティブな問題となりました。これまで一般的とされてきた貿易体制が崩壊したことを意味します。
他方、米国ではバイデン新政権が誕生しましたが、バイデン氏は大統領に就任早々、バイ・アメリカン法の運用を強化し、政府調達で米国製品を優先するとしています。大国の姿勢を見ていると、グローバリゼーションは間違っているかもしれないと感じています。私たちはどのように(世界秩序を)オルガナイズすることができるのかを再考すべきときではないでしょうか。
MP
ウクライナ政府は地政学リスクの高まりにどのようなスタンスをとりますか
コルスンスキー大使
中国は中央ヨーロッパをコントロールしているようにみえます。ウクライナのスタンスとしては欧州市場には接近しますが、中国のコントロール下には入りません。経済における安全保障を優先します。その意味で日本は私たちにとり、グッドパートナーといえるのです。
MP
ウクライナは穀物生産国として知られています。食糧安全保障に関する国際社会の関心が高まっています。ウクライナの穀物輸出戦略を教えてください。
コルスンスキー大使
それはとてもシンプルです。2020年にウクライナは穀物輸出で大麦が世界第2位、トウモロコシが第4位、小麦が第5位に付けています。(クリミア半島をめぐる)ロシアとの紛争が続いているため、東部の重工業地帯が不安定な状況に陥ったことで、ウクライナの強みである農業政策をより重視するようになりました。
MP
次にエネルギー政策ですが、現在、ロシアとドイツを結ぶガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」の建設が最終局面に入っています。このプロジェクトはウクライナを迂回して天然ガスを欧州に供給しようというものです。米国やウクライナ、ポーランドなどが建設に反対してきましたが、完成を間近に控え、今後、どのように対応していくつもりですか。
コルスンスキー大使
ノルド・ストリーム2は「酷いプロジェクト」の一語に尽きます。経済プロジェクトではなく、政治プロジェクトの様相を呈しています。一番の問題はウクライナを経由しないことです。ロシアから(バルト海の海底パイプラインで)ドイツに天然ガスが直接輸送されるようになります。この意味するところは大です。
これまでロシアからの天然ガス供給はウクライナから中央ヨーロッパを経由していたため、ここに一つのマーケットが創出されたわけですが、ノルド・ストリーム2が稼働すると、そのマーケットが消滅します。ドイツがディストリビューターとなり、天然ガスをコントロールすることにつながるでしょう。つまり、ノルド・ストリーム2はフレキシビリティがなく、ドイツを利するということです。
ロシアからの天然ガス供給をめぐり、過去にはウクライナへの送ガスが政治的な判断で止められるという事態に陥りました。こうした事実があるにもかかわらず、ドイツはロシアが政治的な思惑でガス供給をストップするとは思っていません。しかし、これは十分に起こり得ることです。
MP
エネルギー分野でのロシア依存を低減するため、ウクライナが注力していく政策はありますか。また、それを実践する上で日本が協力することは何かありますか。
コルスンスキー大使
水素エネルギーの開発に力を注ぎます。テクノロジー分野で日本企業の協力が欠かせないと考えています。他方、(2011年3月11日の)東日本大震災、それにともなう福島第1原発の事故で大きな犠牲を出しましたが、ウクライナはチェルノブイリ原発事故の処理で多くの知見を有しており、日本政府や東京電力などに協力できることがあります。実際、ウクライナの原子力専門家が福島大学で作業に携わっています。コロナ禍で作業の進行に支障が出ていることは確かですが、着実に前進するとみています。
◆セルギー・コルスンスキー氏の略歴
セルギー・コルスンスキー氏は1962年8月、ウクライナのキエフで生まれ、1984年にキエフ国立大学を卒業。1991年には応用数学の理学博士号を取得した。2020年4月、駐日ウクライナ特命全権大使に任命され、同年10月に赴任。エネルギー、貿易および投資政策、エネルギー安全保障、地域安全保障、科学技術を含む戦略的計画・開発に関する幅広い専門的経験を持ち、地政学的問題の著名な専門家として知られる。320を超える学術論文および7冊の著書を含むその他出版物の著者でもある。
著書に"Nonlinear waves in dispersive and dissipative systems with coupled fields" (Addison, Wesley. Longman, 1997)、「エネルギー外交」(キエフ、2008)、「変革の時代における外交政策」(ハルキウ、2020)などがある。(駐日ウクライナ大使館の公式ホームページから引用)
阿部直哉
1960年、東京生まれ。慶大卒。Bloomberg News記者・エディターなどを経てCapitol Intelligence Group(ワシントンD.C.)の東京支局長。2020年12月からIRuniverseが運営するウェブサイト「MILUPLUS」の編集代表。
1990年代に米シカゴに駐在。エネルギーやコモディティの視点から国際政治や世界経済を読み解く。著書に『コモディティ戦争―ニクソン・ショックから40年―』(藤原書店)、『ニュースでわかる「世界エネルギー事情」』(リム新書)など。
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