米国玉ネギ農園にあった「現代の奴隷制」 手で土掘り20セント 拡大する人身売買

このコラムで以前、南米での鉱物の違法採掘について取り上げたが、違法採掘の現場では人身売買で集められた労働者が過酷な労働を強いられている。ジャングルの奥の、そのまた奥の無法地帯だからこそ、人身売買がまかり通るのだと普通の日本人なら考えるが、世界はそれほど甘くない。米ジョージア州の玉ネギ農園に身を売られて集まったラテン系の移民労働者が、劣悪な環境で働かされていた。捜査に当たった検事は、現場で行われていた強制労働を「現代の奴隷制」と表現した。
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強制労働や郵便詐欺、資金洗浄、証人買収などで米司法当局に起訴されたのは「Patricio TCO」と呼ばれる人身売買組織に関与した男女24人。「Patricio TCO」は季節労働の農業従事者を海外から受け入れることができる「H-2Aビザ」制度を悪用し、メキシコ、グアテマラ、ホンジュラスから100人以上の労働者を集め、ジョージア州アトキンソン郡、ベーコン郡、コフィー郡、タットノール郡、ツームス郡、ウェア郡内の荒れ果てた移動住宅などでできたキャンプに住まわせ、ジョージア州などの玉ネギ農場で働かせていた。
労働者は手で土をかき出して、玉ネギを収穫。バケツ1杯の収穫で得られる報酬はわずか20セント(約22円)だった。
住居となったキャンプは、労働者が脱走しないように電気を流したフェンスに覆われていた。衛生状態も悪く、移動住宅は未処理の下水が漏れている状態だったという。
十分な食料もなく、安心して飲める水もなかった。組織のメンバーは労働者のパスポートや身分証明書などを取り上げていた。
労働者は常時、組織のメンバーから暴力を振るわれ、銃口を突き付けられて脅された。起訴状によると、少なくとも2人の労働者が死亡、1人が日常的に、レイプされていた。
「Patricio TCO」は2015年から、こうした人身売買行為に手を染めていたとみられ、2億ドル(226億円)以上の利益を上げていたという。
捜査は2018年11月にスタートした。FBI(米連邦捜査局)や国土安全保障省、国務省外交保安局、労働省、郵便監察官などが共同で行った。「花咲く玉ネギ作戦」と名付けられ、200人以上の捜査員が全米から集められた。米連邦検察官事務所は米国でも最大規模の人身売買事件だとみており、捜査の指揮を取ったジョージア州南部地区のデイビッド・エステス連邦検事代理は今回の人身売買の構図を「現代の奴隷制」と表現した。検察当局が事件についてリリースしたのは11月末。3年間の捜査が実を結び、全容解明に至った。
闇の世界では人身売買は麻薬取引、武器取引と並んで儲かる商売だといわれ、世界で急速に拡大している。ILO(国際労働機関)などによると、人身売買による利益は全世界で年間約1500億ドル(約16兆9500億円)にのぼると試算されている。世界の砂糖マーケットの3倍の規模に膨らんでいる。このうち約990億ドル(約11兆1870億円)は売春など性産業で働かされたものによる利益だという。
新型コロナの感染拡大によるロックダウンが世界各地で広がったが、闇の世界の人身売買は巧妙な手口で、さらに広がっている。
今年10月、コロンビアの捜査当局は犯罪組織「Clan del Golfo」のリーダーを逮捕した。「Clan del Golfo」は新型コロナで仕事を失い、南米大陸から米国に向かう移民の波に目を付けた。
チリやブラジルなどで移民として働いていたハイチやキューバ、アフリカ諸国の出身者は、新型コロナで仕事を失い、難民となってバスや徒歩で米国に向かっている。コロンビアは中米のパナマと隣接しているが、両国の国境付近はダリエン地峡と呼ばれる世界でも最も険しい熱帯雨林帯で、人を寄せ付けない地域だ。それでも難民たちはダリエン地峡を徒歩で通過しようとしている。最も短い距離でダリエン地峡を通り抜けるための拠点となったコロンビア北部の小さな港町ネコクリには、数千人規模の難民が集まった。
難民たちは船でパナマ国境に近い対岸に渡らないとならないが、フェリーに乗るためには「Clan del Golfo」が所有するボートを利用しなければならず、難民は、なけなしのカネを払う。フェリーもボートもすぐに乗れるわけではなく、「Clan del Golfo」の息がかかった宿泊所に数日、滞在しなければならない。ここでも難民たちは、なけなしのカネを払う。対岸に渡っても、ダリエン地峡越えの拠点となっている町まで2時間ほど「Clan del Golfo」が所有するバイクに乗って行かねばならない。ここでも難民は、なけなしのカネを払う。
ダリエン地峡のジャングルに入るまでに、難民は1人当たり1500ドル(約16万9000円)ほどの費用がかかるといわれ、「Clan del Golfo」に財布ごと吸い上げられている形だ。
「Clan del Golfo」は難民を手玉に取り、この一帯でこれまでに約3000万ドル(約33億9000万円)を荒稼ぎしたとみられている。
ダリエン地峡では毒ヘビや毒クモ、猛獣に襲われ死亡する難民も少なくない。健康状態が思わしくないままジャングルに入り、衰弱して死亡するケースも多い。
険しいジャングルを命からがら抜け出ても、その先、「Clan del Golfo」と関係のある犯罪組織が「米国への入国を手引きしてやる」と甘い言葉で近付いてくる。立場の弱い難民は、それに乗らなくては生きてゆけず、さらなる人身売買につながってゆく。
新型コロナで貧富の差が一段と拡大し、人身売買の闇は際限なく広がっている。米国で麻薬問題を「Drug War」と表現して密輸組織と戦ってきた。犯罪組織との戦いは「Human Trafficking(人身売買) War」として新たな段階に入っている。
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Taro Yanaka
街ネタから国際情勢まで幅広く取材。
専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。
趣味は世界を車で走ること。
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