わずか1日で首すげ替えられたペルー大統領 閣僚そっぽ、SPに亡命阻まれ・・・
大統領の乱心なのか、仕組まれた退陣劇なのかーー。南米の資源大国ペルーで、左派のペドロ・カスティジョ大統領が国家反逆などの疑いで警察に身柄を拘束された。国会はその直前、大統領の弾劾決議案を可決し、カスティジョ氏は失脚した。間髪入れずに副大統領のディナ・ボルアルテ氏が大統領に就任し、ペルー初の女性大統領として国会で宣誓をした。これに応じて、政治的に対立する右派リーダーのケイコ・フジモリ氏がボルアルテ政権への期待を表明した。
ペルーで政変があったのは12月7日。わずか1日で、大統領の「首のすげ替え」が完了した。
国会が弾劾を決議する可能性が高まったと判断したカスティジョ氏は、テレビ演説を行い、国会の一時閉鎖と非常事態政府の発足を発表した。同時に、全土を対象とした午後10時から午前4時までの夜間外出禁止を発令。検察や憲法裁判所を含めた司法制度の大規模な再編を行うことなどを表明した。
2021年7月に大統領に就任して以来、失政やスキャンダルが続き、国会ではカスティジョ氏弾劾の動きが絶えなかった。これまで2回の弾劾は乗り切ったが、2022年6月にカスティジョ氏が政治姿勢の不一致から所属政党ペルー・リブレを離脱し、国会は反カスティジョ勢力が支配するようになった。
最も恐れていた弾劾が現実のものになろうとしたため、カスティジョ氏は大統領の「強権」を発動しようとした。しかし、テレビに映ったカスティジョ氏の姿からは「強さ」を微塵も感じられなかった。レンズをにらみつけるでもなく、視線は手にしたメモに向いていた。カメラに映る白い紙は細かく揺れ、英BBCなどは「明らかに手が震えていた」と伝えた。
大統領のテレビ演説を聞いて、カスティジョ政権の多くの閣僚や側近が即座に辞任した。ボルアルテ氏もその1人で、すぐさま「大統領によるクーデター未遂だ」と声明を発表し、カスティジョ氏を非難した。
さらに警察と軍も「憲法を順守する」との共同声明を発表し、カスティジョ氏の方針に反旗を翻した。
こうした事態を目の当たりにしたカスティジョ氏は家族と共に大統領宮殿を離れ、SUV車でリマ市内のメキシコ大使館に向かった。メキシコのロペスオブラドール大統領は、カスティジョ氏と同じ左派で、ボリビアのエボ・モラレス元大統領が2019年の大統領選での不正疑惑で国を追われた際、モラレス元大統領の亡命を受け入れている。カスティジョ氏もメキシコへの政治亡命を求めるつもりだった。
ところが、SUV車はメキシコ大使館には向かわなかった。運転していた大統領警護隊員は警察トップからの命令でSUV車を止めたのである。
カスティジョ氏はその後、警察施設に連行され、司法長官によって国家への反逆などの容疑で勾留された。現在はアルベルト・フジモリ元大統領が服役する施設に身柄があるという。
この間、国会ではカスティジョ氏に対する弾劾決議が圧倒的多数で可決し、その後、ボルアルテ氏が大統領就任を宣誓した。
急展開の中でペルー初の女性大統領になったボルアルテ氏は60歳。古都クスコに近いアプリマク県チャルウアンカの出身。アプリマク県には世界有数のラス・バンバス銅山があるが、貧しい地域として知られる。14人兄弟の末っ子として育ち、看護師を目指しクスコで学んだが、法律に興味を持ちリマへ。社会人になってからは17年間、公務員として登記の仕事をしていた。
政治的なキャリアは浅く、しかも選挙に勝利したことはない。2018年、リマのスルキジョ地区長選に立候補したが落選。2020年には、カスティジョ氏が所属していた政党ペルー・リブレから国会議員選に立候補したが、これも落選している。
カスティジョ政権で副大統領になった後、一時、開発相を兼務したが、カスティジョ氏の首相の選任に反対し、開発相を辞任したことがある。政権内にいてもカスティジョ氏とは溝があった。
ペルーの政変について伝えた米ニューヨーク・タイムズは12月8日付けの記事で、カスティジョ氏とボルアルテ氏は共に貧しい山岳部で育ったが、ボルアルテ氏には、カスティジョ氏のような「扇動者」としての評判はない、と記している。
2年1カ月で5人の大統領が就任するという政情不安のペルーには、ポピュリズム的な手法の政治家よりも、生真面目な政治家が必要だとの声は根強い。キャリア不足を補えるだけの技量があるかどうかが、ボルアルテ政権の運命を左右する。
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Taro Yanaka
街ネタから国際情勢まで幅広く取材。
専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。
趣味は世界を車で走ること。
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