Americas Weekly33 「フラッキングは禁止しない」 ハリス氏の言葉に米市場は「どちらが当選しても石油大量生産は続く」と確信
米国のエネルギー業界と金融市場にとって、9月10日にペンシルベニア州フィラデルフィアで開かれた米大統領選のテレビ討論会は、転換点となった。
「Drill Baby Drill(石油をバンバン掘れ)」のスローガンを掲げる共和党候補のトランプ前大統領はこれといった新しいエネルギー政策を打ち出さなかったが、民主党候補のハリス副大統領は石油と天然ガスの採掘方法である「フラッキング(水圧破砕)」について、大統領になっても禁止にすることはしないと言明した。
このためマーケットでは、11月にどちらが大統領に当選しても、米国はこれからも石油を大量に掘り続けることになるだろう、という見方が広がり、最近の原油安の流れを後押しした。
「フラッキングについて話をしようではないか。私たちは今日、ここペンシルベニア州にいるのだから」--。討論会で「フラッキング」についての話を持ち出したのはハリス副大統領だった。
ペンシルベニア州は、州の3分の2が、石油がしみ込む頁岩(けつがん)層「マーセラス・シェール」の上にある。「マーセラス・シェール」は近隣のニューヨーク、オハイオ、ウェストバージニア、メリーランド、ケンタッキー、バージニアの各州にもまたがっており、世界最大級のガス田だ。
米国地質調査所(USGS)の分析では、2024年4月現在、石油の埋蔵量は約1億2000万バレルにのぼるとされている。
ペンシルベニア州には、シェールガスなどを採掘する「フラッキング井」が約1万1000カ所あり、全米の天然ガス生産量の約18%、シェールガス生産量の約32%を占める。
ピッツバーグに本部があるマーセラス・シェール連合によると、ペンシルベニア州の石油・天然ガス産業は金額にして年間410億ドル(5兆7400億円)以上の経済活動で地元に貢献し、ペンシルベニア州のGDPを250億ドル(3兆5000億円)ほど押し上げているという。
雇用面でも州内の圧倒的な基幹産業となっており、2022年の雇用件数は約12万3000件にのぼり、労働者1人当たりの平均賃金は9万7000ドル(1358万円)と、労使双方にとって「超優良産業」である。
ペンシルベニア州は選挙の度に当選する政党が入れ変わる激戦区「スウィング・ステート」である。地球温暖化防止のため脱炭素を強力に進めるバイデン政権のメンバー2であり、環境保護団体の「フラッキング」反対運動に支援を表明しているハリス副大統領とはいえ、「フラッキング」による石油生産をストップさせるようなことは口にできない。
テレビ討論会では、トランプ氏からとやかく言われる前に、自ら口火を切って「フラッキング」を容認する姿勢を示した。シェールガス業界とそこで働く労働者から1票でも多く得たいからだ。
「私は2020年にフラッキングを禁止しないことを明らかにしている。副大統領としてもフラッキングを禁止していない」
脱炭素とはほど遠い言葉を並べて地元にアピールした。
これに対してトランプ前大統領は「フラッキングの話なんかする必要はない。ハリス氏は12年間、ずっとフラッキングに反対してきた。彼女が大統領選に勝利したら就任初日にフラッキングは中止になるだろう。石油産業、化石燃料は衰退し、風力発電や太陽光発電になる。私は石油産業を、これ以上ないほど発展させてきた」と述べて対抗した。
バイデン政権はなりふり構わず脱炭素に進んでいるように見えるが、米国の石油生産は増加している。米国エネルギー情報局によると、2023年の米国の原油生産は1日当たり平均1290万バレルだ。トランプ政権下の2019年に達成した最高記録1230万バレルを更新している。原油の増産は時の政権の了承がなければできることではない。
ハリス氏が、自らの支持母体の1つである環境保護団体の反発を恐れずに、こうした主張ができるのは、米国の安全保障のためにエネルギーの他国依存を減らすという大義名分があるからでもある。
テレビ討論会でハリス氏は「外国の石油に過度に依存することはできないとの認識のもとで、米国内の石油生産は史上最大の増加を成し遂げた」と述べている。
今回のテレビ討論会では、「フラッキング」がエネルギーの自前調達のキーワードとして語られたが、専門家は「フラッキンング」を禁止する、しないだけで、エネルギーの独立性は語れないと冷ややかに見る。
米国の製油所の多くが中東やロシア産の重質油を処理するように設計されているためだ。製油所の設計を変更するには、かなりの時間と費用を要する。たやすくできることではない。
また、米国の電力源の約20%を占める原子力発電の燃料であるウランは、依然としてロシアなど外国からの輸入に頼るしかない。
テレビ討論会翌日の11日、ロシアのプーチン大統領はクレムリン内の電話会議で、ウランやチタン、ニッケルの海外輸出を制限する考えを示した。ウクライナ侵攻をめぐる西側の経済制裁への報復措置だ。大統領選での両候補の威勢のいい話の陰で、現実はじわりじわりと動いている。
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Taro Yanaka
街ネタから国際情勢まで幅広く取材。
専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。
趣味は世界を車で走ること。
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